創刊から70年という節目を越えた生活雑誌の金字塔「暮しの手帖」が、歴史に刻まれるべき大きなプロジェクトを完結させました。読者から寄せられた生々しい体験談をまとめた「戦中・戦後の暮しの記録」シリーズ全3作が、ついに揃ったのです。この取り組みは、単なる歴史の記録に留まらず、今を生きる私たちへ切実なメッセージを投げかけています。
実は、同誌が戦争に向き合うのはこれが初めてではありません。今から約50年前の1967年にも、戦時下の日常を記録するために手記を公募していました。翌1968年に特集号として世に送り出された「戦争中の暮しの記録」は、1969年の書籍化を経て、世代を超えて読み継がれる驚異的なロングセラーとして知られています。
編集担当の村上薫氏は、この雑誌が「二度と戦争を繰り返さない」という強い決意のもとに誕生したと語ります。50年前に寄せられた1736通もの投稿は、未掲載分も含めて大切に保管されてきました。その貴重な声を埋もれさせたくないという情熱と、生存者の声を直接拾い上げる「最後の好機」という危機感が、今回の新シリーズを突き動かしたのでしょう。
SNS上では、この新シリーズに対して「教科書には載らない、名もなき人々の日常が痛いほど伝わってくる」「今こそ読むべき一冊」といった感動の声が広がっています。かつての手記が「大人として戦争を見た世代」によるものだったのに対し、今回の投稿者の多くは「当時子供だった世代」です。そこには、子供ならではの鋭い客観性が宿っているといえるでしょう。
澤田康彦編集長は、寄せられた手記について、70年以上の月日を経て当時の状況を「俯瞰(ふかん)」して捉えている点が特徴的だと分析されています。中には、現在の社会状況が戦前の不穏な空気感に似ていると指摘し、強い警鐘を鳴らす声も少なくありません。その切実な叫びが共感を呼び、応募総数は50年前を凌ぐ2390通に達したそうです。
2019年5月には、第1集に収まりきらなかった珠玉の原稿をまとめた第2集が発売されました。続いて同年7月には、終戦後の混乱と再生に焦点を当てた第3集が登場しています。表紙を飾る「おはぎ」や「おむすび」の絵は、当時の人々にとって夢のようなご馳走であった砂糖や白米を象徴しており、食の尊さを無言のうちに語りかけてくるようです。
昨今の飽食の時代において、澤田編集長は「明日は食べられないかもしれない」という想像力を持つことの重要性を説いています。戦争を8月の恒例行事として思い出すのではなく、日常の中で語り、反省を習慣化すること。それこそが平和を維持するための作法ではないでしょうか。平和な暮らしは、決して当たり前にあるものではないはずです。
100号を一つの単位とする同誌は、今夏から「第5世紀」という新たな歩みを始めました。特集「ちゃんと食べてゆくために」というテーマには、満足に食べられなかった時代への深い敬意が込められています。暮らしとは、私たちが絶え間ない努力を積み重ねることで守り抜いている「宝物」なのだと、改めて気づかされる思いがいたします。
私自身、この記事を通じて、歴史は決して遠い過去の物語ではないと痛感しました。一人ひとりの「食べる」「眠る」というささやかな日常が、ある日突然奪われてしまう恐ろしさ。それを防ぐには、私たちが歴史の証言を「自分事」として受け止め、語り継ぐ勇気を持つしかないでしょう。この記録が、未来を守る盾になることを願ってやみません。
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