2019年09月15日、日本のマラソン界が歴史的な転換点を迎えました。東京五輪の代表選考会である「マラソングランドチャンピオンシップ(MGC)」が開催され、手に汗握るデッドヒートの末、4名の選手が内定を勝ち取っています。中でも、日本記録保持者である大迫傑選手を終盤で抜き去り、2位に食い込んだ服部勇馬選手の走りは、観る者の心を激しく揺さぶるものでした。
今大会の最大の特徴は、一発勝負で五輪切符を争う「MGC(マラソングランドチャンピオンシップ)」という仕組みです。これは従来の不透明な選考基準を排し、誰もが納得する形で最強のランナーを決めるための画期的なシステムといえます。沿道には大勢のファンが詰めかけ、SNS上でも「これぞ真剣勝負」「手に汗握る展開で仕事が手につかない」といった熱狂的な投稿が相次ぎ、日本中がこのレースに注目しました。
レースの明暗を分けたのは、終盤に待ち構えていた過酷な上り坂での攻防でした。服部選手は、あらかじめこの坂を勝負どころと見定め、極限まで自分を追い込む練習を重ねてきたそうです。具体的には、40キロ走を終えた翌日の疲弊した状態で、さらに山道を駆け上がるという過酷なメニューをこなしていました。こうした地道な対策が、最後の最後で大逆転を生む原動力となったのは間違いありません。
不屈の精神が生んだ逆転劇と服部勇馬の覚悟
一時は中村匠吾選手と大迫選手に引き離され、20メートルほどの差をつけられる絶体絶命のピンチもありました。しかし、ここで服部選手の勝負勘が冴えわたります。前を走る大迫選手が後ろを振り返った瞬間、相手の焦りを察知して「チャンスがある」と確信したのです。無我夢中で足を動かし続け、残り250メートル地点で大迫選手を抜き去りました。その瞬間の記憶がないほど、彼は全精力を走りに注ぎ込んでいたのです。
服部選手のこれまでの道のりは、決して平坦ではありませんでした。2018年12月の福岡国際マラソンで日本人トップの優勝を飾り、五輪候補の筆頭に躍り出たものの、2019年04月には虫垂炎(いわゆる、盲腸の炎症)による手術を余儀なくされました。調整が遅れる不安があったはずですが、初めて挑む夏のマラソンで見事に結果を残したその姿には、一流のアスリートとしての凄みが漂っています。
私自身の見解を述べさせていただくと、今回の服部選手の勝利は「徹底した自己分析」の勝利だと感じます。日本記録保持者という格上の相手に対し、どこで仕掛け、どう耐えるかを緻密に計算し、それを実行できる精神力には脱帽するしかありません。SNSでは大迫選手の敗北を惜しむ声も多いですが、それ以上に服部選手の粘り強さを称賛する声が溢れており、まさに日本代表にふさわしい激走だったと言えるでしょう。
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