2019年10月01日、日本の教育現場が直面している深刻な課題が浮き彫りとなりました。文部科学省が初めて実施した外国籍の子どもの就学状況調査によれば、義務教育世代にあたる約12万4千人のうち、およそ16%に及ぶ2万人近くが学校に通っていない可能性があるという衝撃的な事実が判明したのです。家庭訪問を行っても所在が確認できないケースも多く、学びの機会を失った子どもたちが社会の片隅に取り残されている現状に、私たちは強い危機感を抱かざるを得ません。
ネット上では「日本で暮らす以上、教育は等しく与えられるべきだ」という声が上がる一方で、「自治体の負担が重すぎるのではないか」といった懸念も散見されます。政府は外国人労働者の受け入れ拡大へと大きく舵を切りましたが、その家族である子どもたちの基礎学力を保証する支援が疎かになれば、掲げられた「共生社会」というスローガンも形骸化してしまうでしょう。次代を担う若者たちの可能性を摘み取ることは、日本社会全体の活力を削ぐことと同義であると私は考えます。
憲法と国際条約が示す「教育を受ける権利」の真実
憲法26条では義務教育の対象を「国民」と規定しているため、外国籍の子どもに対する教育義務はないと誤解されがちです。しかし、日本も批准している「児童の権利条約」などは、国籍を問わずすべての子どもに教育の機会を提供することを定めています。憲法98条には国際条約を誠実に遵守することが明記されており、政府には国内に居住するすべての子どもに教育を受けさせる法的な責務が生じているのです。法的解釈の壁を理由に、子どもたちの未来を閉ざすことは許されません。
ここで注目すべき「児童の権利条約」とは、世界中の子どもたちが健やかに成長するために必要な権利を定めた国際的な約束事です。これを守ることは、国際社会の一員としての最低限のマナーといえます。現在、多くの市区町村では予算や人員の不足から、外国籍の家庭に対する入学案内すら送付できていない実態があります。「希望があれば対応する」という消極的な姿勢から脱却し、行政側から積極的に手を差し伸べるアウトリーチ型の支援体制を構築することが急務と言えるでしょう。
過去の教訓を糧に「出入国在留管理庁」が果たすべき役割
かつて1990年代、日系人労働者の受け入れが拡大した際、日本語教育の壁に阻まれた子どもたちが居場所を失い、不幸な事件に巻き込まれる悲劇が繰り返されました。欧米諸国においても、移民の子どもたちが教育や就労から排除された結果、社会の不安定化を招いた事例が数多く報告されています。私たちは、こうした「過去の轍(てつ)」、つまり以前に犯した失敗を二度と繰り返してはなりません。教育の欠如は個人の不幸に留まらず、将来的な社会不安の火種となるからです。
2019年4月に新設された「出入国在留管理庁」には、単なる出入国の管理に留まらず、外国人の生活や教育を支える司令塔としての役割が期待されています。浜松市のように不就学ゼロを目指して戸別訪問を徹底する先進的な事例を全国に波及させるためにも、国が主導して自治体との連携を強固にする仕組み作りが不可欠です。言葉の壁を越え、誰もが教室で笑顔を見せられる社会を築くことこそが、真の「開国」へと繋がる第一歩になると信じています。
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