「瀬戸内海の魚が食卓から消えてしまうかもしれない」。そんな衝撃的な危機が、今まさに私たちの目の前で起きています。かつては豊かな海の代名詞だった瀬戸内海ですが、2019年10月16日現在の状況を紐解くと、漁業はかつてないほどの窮地に立たされているのです。
驚くべきことに、魚介類の生息数は減少の一途をたどっており、現在の漁獲量はピークだった1980年代前半と比較して、なんと3割以下まで落ち込んでいます。スーパーの鮮魚コーナーを覗けば、並んでいるのは遠方の海で獲れたマグロやサーモンばかりで、地元の豊かな恵みを目にする機会は、今や非常に限定的となってしまいました。
「水清ければ魚棲まず」という皮肉な現実
なぜ、これほどまでに魚が減ってしまったのでしょうか。その背景には、皮肉にも「海がきれいになりすぎた」という意外な事実が隠されています。専門用語で「貧栄養化」と呼ばれる現象です。これは、植物プランクトンの成長に欠かせない窒素やリンなどの「栄養塩」が海の中で極端に不足している状態を指します。
かつての高度経済成長期、瀬戸内海は工場排水などによる「富栄養化」が進み、赤潮が頻発する社会問題となりました。これを防ぐために1973年に制定された「瀬戸内海環境保全特別措置法(瀬戸内法)」に基づき、長年厳しい排水規制が行われてきました。その結果、海は見違えるほど透明度を増しましたが、同時に魚のエサとなるプランクトンまで消え去ってしまったのです。
広島大学の海野徹也教授は、栄養塩が不足することで、卵からかえったばかりの「仔魚(しぎょ)」と呼ばれる小さな魚たちが、深刻なエサ不足に陥っていると指摘しています。SNS上でも「海はただ透明なら良いわけではない」「生き物にとっての豊かさを再定義すべきだ」といった、環境保護と生態系維持のバランスの難しさを嘆く声が広がっています。
自然の猛威が教えた「海の生産力」
実は、この「栄養不足」を裏付ける皮肉な出来事が2018年に起こりました。西日本豪雨という未曾有の災害により、未処理の下水が海へ大量に流れ込んだ際、広島湾の栄養塩が一時的に急回復したのです。その影響で、ここ10年で例を見ないほどカキの生育が良くなったという現場の声もあり、皮肉にも汚れが生命を育む皮乗な側面が浮き彫りとなりました。
また、地球温暖化による海水温の上昇も深刻です。岡山県備前市日生町では、夏場の水温が30度に達することもあり、獲れる魚の種類が劇的に変化しています。さらに、魚の隠れ家となる「藻場(もば)」や干潟が開発で失われたことも、回復を困難にする要因となっています。一度崩れた自然の調和を取り戻すのは、決して容易なことではありません。
「里海づくり」で取り戻す次世代の瀬戸内
こうした絶望的な状況の中で、新たな希望の光も差し込んでいます。兵庫県では2018年秋から、あえて下水処理水の窒素濃度を上げるという、全国でも類を見ない画期的な運用を本格化させました。環境保護と漁業振興を両立させるため、従来の常識を覆す一歩を踏み出したのです。
また、岡山県日生町では、漁師たちが1985年から「アマモ」という海草を植える活動を続けています。この「里海づくり」によって、数十年ぶりに戻ってきた魚種も確認されており、地元の小中学生もこの活動に参加しています。自らの手で海を育む経験は、地域への愛着を育む素晴らしい教育の場にもなっていると言えるでしょう。
2019年10月27日には広島市でシンポジウムが開催され、最新の研究成果が報告される予定です。私たちは今、「きれいな海」のその先にある「豊かな海」とは何かを、真剣に考え直すべき分岐点に立っています。瀬戸内の恵みを未来へつなぐための、静かな、しかし力強い挑戦はこれからも続いていくはずです。
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