私たちの食卓に欠かせない牛肉の安全神話が揺らいだあの日を、皆さんは覚えているでしょうか。2001年10月18日、日本全国で出荷されるすべての食用牛を対象とした「BSE全頭検査」が一斉に開始されました。これは同年9月に国内で初めてBSE(牛海綿状脳症)の感染牛が確認されたことを受けた、極めて異例かつ迅速な政府の対応だったと言えるでしょう。
BSEとは、脳の組織がスポンジ状になり、牛が死に至る恐ろしい病気です。その原因は「異常プリオン」と呼ばれるタンパク質の一種にあります。本来、体内に存在する正常なプリオンが何らかの理由で変質し、それが脳に蓄積することで神経を破壊していくのです。SNS上では「当時は牛肉を食べるのが本当に怖かった」といった、当時の緊迫した空気感を思い返す声が今も散見されます。
食卓から牛丼が消えた?世界を震撼させた肉骨粉の影
この病気が恐れられた最大の理由は、感染した牛の脳や脊髄などの「特定危険部位」を人間が摂取した場合、変異型クロイツフェルト・ヤコブ病を発症するリスクが否定できない点にありました。1090年代に英国で猛威を振るったこの病は、2003年にはカナダや米国でも確認されています。日本政府は即座にこれら諸国からの牛肉輸入禁止を決定し、私たちの生活に大きな影響を及ぼしました。
特に大手外食チェーンが看板メニューである牛丼の販売休止に追い込まれた事態は、まさに社会問題そのものでした。この感染拡大の背景には「肉骨粉(にくこっぷん)」という飼料の存在があります。これは牛の骨や内臓を乾燥させて粉末状にした肥料や飼料のことですが、感染牛の部位が混入した肉骨粉を他の牛が食べることで、負の連鎖が世界中に広がってしまったと分析されています。
徹底した対策が生んだ信頼とこれからの食の安全
日本国内では2001年に肉骨粉の使用が厳格に禁止され、その成果もあってか2003年以降に生まれた牛からは感染が確認されていません。科学的な知見の蓄積に伴い、2016年までにはBSE検査も原則として廃止される運びとなりました。海外産牛肉についても、2005年から月齢制限を設けて段階的に輸入を再開し、2019年にはその制限も撤廃されるなど、市場はかつての活気を取り戻しています。
編集者としての私見ですが、当時の全頭検査はコスト面での批判もありましたが、消費者の「安心」を勝ち取るためには不可欠なコストだったと考えます。食の安全は一度失われると、取り戻すまでに膨大な時間と労力を要するからです。ネット上では「あの騒動があったからこそ今の厳しい検疫がある」とポジティブに捉える意見も多く、過去の教訓を未来の安全へ繋げていく姿勢こそが、私たちに求められているのではないでしょうか。
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