2019年08月31日、世界の社会学界に激震が走りました。現代社会が抱える構造的な不平等を鋭く分析し続けた知の巨人、イマニュエル・ウォーラーステイン氏が88歳でこの世を去ったのです。彼が提唱した「世界システム論」は、単なる経済理論の枠を超え、私たちが生きるこの世界の「勝ち組と負け組」がなぜ生まれるのかという根源的な問いに、ひとつの明確な答えを提示しました。
SNS上では「大学時代に彼の本を読んで世界の見方が変わった」「今のグローバル経済の混乱を予言していたかのようだ」といった追悼の声が相次いでいます。彼が1974年に第1巻を刊行した主著『近代世界システム』は、未完のまま遺されることとなりましたが、その洞察は今なお色あせるどころか、混迷を極める現代において一層の輝きを放っていると言えるでしょう。
ウォーラーステイン氏の最大の功績は、世界をひとつの大きな「資本主義の史的システム」として捉えた点にあります。これは、個別の国々をバラバラに分析するのではなく、地球全体が一つの巨大な工場や市場のように機能していると考える視点です。彼はこの仕組みの中で、富が集まる「中核」と、資源や労働力を搾取される「周辺」という格差の構造を鮮やかに描き出しました。
ここで言う「資本主義」とは、単に自由な商売を指す言葉ではありません。利益を際限なく追い求めるシステムそのものを指しており、彼によればこのシステムこそが、必然的に経済格差を生み出し続ける装置なのです。一見、自由平等に見えるグローバル経済の裏側に潜む「不平等のメカニズム」を解明した彼の理論は、まさに現代社会の処方箋とも呼べるものでしょう。
国境を越えた「知の交流」と異端児としての素顔
長らく米国ニューヨーク州立大学ビンガムトン校で教鞭を執った彼は、母国アメリカでは時に「異端」として扱われることもありました。しかし、その独自の理論に魅了された留学生は世界中から集まり、特にヨーロッパやアジアでの評価は極めて高いものでした。フランスの思想にも深く精通し、1年の半分をパリで過ごすなど、まさにボーダーレスな知識人だったのです。
立命館大学の山下範久教授も、彼の教えに導かれた一人です。1995年からニューヨークで直接指導を受けた山下教授は、彼の講義を「日本の落語のようだった」と回想しています。巧みな話術で複雑な社会構造を解き明かすスタイルは、多くの学生を虜にしました。日本で培われた哲学的な知見と、彼の壮大な理論が融合し、数々の共同研究が結実したエピソードは有名です。
もちろん、彼の予測した「社会主義への移行」や「覇権国の交代シナリオ」が、現時点で全て的中しているわけではありません。歴史は彼が描いた図式通りには進まなかった側面もあります。しかし、私は思うのです。予測の的中不的中よりも重要なのは、彼が「このシステムは永遠ではない」という視点を私たちに授けてくれたことではないでしょうか。
行き過ぎた市場原理主義が限界を迎え、持続可能性が問われる2019年現在の世界において、彼の重厚な理論は今こそ再読されるべきです。格差が固定化され、閉塞感が漂う現代だからこそ、システムそのものを俯瞰するウォーラーステイン氏の眼差しは、私たちが次なる時代へ進むための大きなヒントになるに違いありません。偉大なる知性の冥福を心よりお祈りいたします。
コメント