陸上競技の花形である男子100メートルにおいて、日本中が歓喜に沸いたのは2017年9月9日のことでした。桐生祥秀選手が日本人として初めて「10秒の壁」を突破する9秒98をマークし、歴史にその名を刻んだことは記憶に新しいでしょう。しかし、オリンピックという世界最高峰の舞台で、人類が初めて9秒台という未知の領域に足を踏み入れた瞬間は、今から半世紀以上も前の1968年まで遡ります。
その偉大な記録を打ち立てたのは、アメリカ代表のジム・ハインズ選手です。彼は1968年10月14日、メキシコ五輪の決勝という大舞台で、電動計時による正真正銘の世界新記録「9秒95」を叩き出しました。SNS上では「今見ても鳥肌が立つ」「当時のスパイクやトラックの質を考えれば、現代ならボルトに匹敵するのではないか」といった、時代を超えた称賛の声が止むことはありません。
高地の追い風と「弾けるような」加速の融合
1968年当時の状況を整理すると、世界記録誕生への期待は開幕前から最高潮に達していました。同年6月の全米選手権において、ハインズ選手を含む3名が手動計時で9秒9を記録し、すでに「壁」に王手をかけていたからです。さらに開催地のメキシコシティは、標高約2240メートルという高地に位置しています。気圧が低く空気抵抗が少ないこの地は、スプリンターにとって絶好の記録更新スポットとなっていました。
専門用語として登場する「電動計時」とは、ピストルの音と連動してタイマーが動き出し、写真判定でゴールを計測する精密なシステムを指します。それまでの主流だった「手動計時」は、審判がストップウォッチを目視で押すため、どうしても0.2秒程度の誤差が生じがちでした。1968年10月14日の決勝では、この厳格な電動計時によって「人類初の9秒台」が公認されることになったのです。
ハインズ選手は本来、スタートダッシュを苦手とするタイプでしたが、この日は周囲が目を見張るほどの好発進を見せました。中盤の競り合いから抜け出す際の加速は凄まじく、当時の新聞紙面では「栗の実が弾け飛ぶような勢い」と形容されています。私は、この表現こそが彼の爆発的な筋力と、高地の薄い空気を切り裂いて進む躍動感を最も見事に捉えていると感じてやみません。
15年間守られた黄金の記録と進化する人類
この時刻まれた9秒95という数字は、単なる記録以上の意味を持っていました。その後、1983年にカルビン・スミス選手が9秒93をマークするまで、実に15年もの間、誰にも破られることのない「聖域」として君臨し続けたのです。一つの記録がこれほど長く維持された事実は、ハインズ選手の走りが当時の常識をいかに超越していたかを物語っています。
その後、カール・ルイス選手やドノバン・ベイリー選手といった英雄たちがコンマ数秒を削り取る戦いを繰り広げ、2009年にはウサイン・ボルト選手によって9秒58という驚異的な領域まで到達しました。テクノロジーが進歩した現代から見ても、土の感触が残るトラックで「人類の限界」を最初に突破したハインズ選手の功績は、スポーツ史における永遠の金字塔と言えるでしょう。
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