秋の深まりを感じる2019年11月、クラシック音楽界に新たな伝説が刻まれました。現代を代表する若き巨匠、ヤニック・ネゼ=セガン氏が率いるフィラデルフィア管弦楽団の来日公演です。かつて経営危機を乗り越えた彼らですが、今回のステージではそんな過去を微塵も感じさせない、圧倒的な結束力を見せつけました。2012年の音楽監督就任から7年が経過し、指揮者と楽団員の信頼関係は今、まさに円熟の時を迎えているといえるでしょう。
前半を彩ったのは、美貌の実力派リサ・バティアシヴィリ氏をソロに迎えたチャイコフスキーの「ヴァイオリン協奏曲」です。彼女が奏でる旋律は、時に繊細に、時に生命力あふれる弾力を持ってホールに響き渡りました。ここで光ったのが、オペラの舞台でも手腕を振るうネゼ=セガン氏の心憎い演出です。独奏楽器が常に主役として輝けるよう、オーケストラの音量を緻密にコントロールする技術には、SNS上でも「歌心に溢れた伴奏だ」と感嘆の声が上がっていました。
第2楽章の情感豊かな歌い込みから一転し、最終楽章では独奏とオーケストラが一体となって凄まじい熱量で突き進みます。この「アンサンブル」という言葉は、フランス語で「一緒に」を意味しますが、単に揃って弾くだけではなく、互いの呼吸を読み取り、一つの巨大な生命体のように動く様子は圧巻の一言です。聴衆は、その躍動感あふれる音楽のうねりに、演奏開始早々から完全に心を奪われてしまった様子でした。
光り輝くフィラデルフィア・サウンドの真骨頂
後半に演奏されたマーラーの「交響曲第5番」は、まさにこの楽団のパワーを象徴するプログラムとなりました。特筆すべきは、歴史的に「フィラデルフィア・サウンド」と称賛される、艶やかで光沢のある弦楽器の音色です。シルクのような滑らかさと、金管楽器の突き抜けるような輝きが混ざり合い、サントリーホールを黄金色の響きで満たしました。とりわけ首席ホルン奏者による超絶技巧のソロは、会場全体を震わせるほどの説得力を持っていました。
ネゼ=セガン氏の解釈は、極めてダイナミックかつ肯定的です。葬送行進曲で幕を開けるこの大曲を、彼は暗闇から光へと突き進む勝利の物語として描き出しました。複雑なスコア(総譜)を鮮やかに整理し、作曲者が意図した3部構成を明確に提示する手捌きは見事です。音楽が最高潮に達し、凱歌が鳴り響くラストシーンでは、会場のボルテージも最高潮に達しました。2019年11月4日の夜、私たちは音楽が持つ「再生の力」を確かに目撃したのです。
私自身の見解としては、近年のアメリカのオーケストラの中でも、今のフィラデルフィアは最も「攻め」の姿勢を感じる団体だと確信しています。伝統の音色を守りつつ、ネゼ=セガン氏のような柔軟な感性を取り入れることで、クラシックはこれほどまでに新鮮に響くのです。満員の観客から送られた割れんばかりの喝采は、このコンビが築き上げた新しい時代の幕開けを祝福しているかのようでした。次の共演ではどんな魔法を見せてくれるのか、期待は膨らむばかりです。
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