日本が世界に誇るフルート界の巨匠、有田正広さんが、45年以上にわたり追求し続けてきた「フルートの魂」に迫ります。有田さんは、私たちがよく目にする金属製の現代フルートだけでなく、「フラウト・トラヴェルソ」と呼ばれる古楽器の第一人者でもあります。1600年代から約400年もの歴史を駆け巡り、時代ごとに異なるフルートを自在に操るそのスタイルは、まさに音楽のタイムトラベラーと呼ぶにふさわしいものです。
2019年4月末、有田さんは茨城県水戸市の水戸奏楽堂にて、挑戦的なアルバム録音を行いました。題材は、バロック時代の大家テレマンが遺した「無伴奏フルートのための12のファンタジー」です。驚くべきは、この全曲を古楽器と現代楽器の両方で吹き分けたという点でしょう。SNS上では「一本の楽器に縛られない自由な表現に圧倒された」「楽器の歴史そのものを聴いているようだ」と、その飽くなき探究心に絶賛の声が寄せられています。
ここで少し専門的な解説を加えますと、「古楽器(ピリオド楽器)」とは、その曲が作曲された当時に使われていた楽器、あるいはそれを忠実に再現したものを指します。現代の楽器は音量や操作性を重視して進化しましたが、古楽器はその時代の空気感や、作曲家が本来意図した繊細な音色をダイレクトに伝えてくれるのです。現代楽器と古楽器の奏者が分断されがちな今の音楽界において、両者の垣根を超える有田さんの姿勢は、まさに一石を投じるアクションといえるでしょう。
木製から金属へ、時をかける楽器の進化と「神の音」
有田さんとフルートの出会いは小学3年生の時でしたが、最初に手にしたのが金属ではなく「木製」だったことが、その後の運命を決定づけました。中学1年で金属製を手に入れてもなお、「昔の人はどんな音を奏でていたのか」というルーツへの好奇心は消えませんでした。この探究心こそが、後にベルギーへ渡り、欧州の図書館で自筆譜や1800年代の実物楽器に触れる原動力となったのです。
「フラウト・トラヴェルソ」とはイタリア語で「横笛」を意味しますが、その歴史は驚くほど神秘的です。1600年頃の「ルネサンスフルート」は、黒檀で作られた非常に柔らかな響きが特徴で、当時は「神からの啓示」を伝える神々しい道具として扱われていました。その後、18世紀から19世紀にかけて「バロックフルート」へと進化し、円筒形から円錐形へと形を変え、やがて現在の金属製フルートへと至ります。
有田さんは現在、100本を超えるコレクションの中から、曲に最適な一本を選び抜きます。2019年12月13日の公演では18世紀の復元楽器を、同月22日の銀座・王子ホールでは現代フルートを使用するなど、その活動は実に多彩です。私は、一つの楽器を極めるだけでなく、あえて「不自由」な古楽器の特性を知ることで、現代楽器の真価もより深く理解できるのだと感じます。歴史を否定せず、全てを飲み込んで表現に変える有田さんの音楽は、聴く者の心を浄化してくれるはずです。
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