19世紀初頭、イギリスの労働者たちが機械を打ち壊した「ラッダイト運動」をご存知でしょうか。当時は機械の圧倒的な生産性を前に、人々はただ絶望するしかありませんでした。しかし、それから約200年が経過した2019年現在、人間と機械の関係はかつての「対立」から「融合」へと劇的な変化を遂げようとしています。
今、私たちは自らの肉体という制約を解き放ち、脳と機械を直接つなぐことで、生き方や働き方そのものを根底から変えようとしています。心の中で「持ち上がれ」と強く念じるだけで、身体に装着したロボットアームが静かに、そして力強く動き出す。そんなSF映画のような光景が、慶応義塾大学の牛場潤一准教授らの研究によって、すでに現実のものとなっているのです。
脳と機械をつなぐ「BMI」技術がもたらす肉体の解放
この驚異的なテクノロジーの鍵を握るのが、「ブレイン・マシン・インターフェース(BMI)」と呼ばれる技術です。これは、脳の神経細胞が発する微弱な電気信号を電極でとらえ、コンピュータで解析して機械への指令に変換する仕組みを指します。いわば、脳の「意思」を直接デジタル信号として読み取る、人類の夢が詰まったインターフェースなのです。
牛場准教授はこの技術を、まずは脳梗塞などで身体にまひが残る患者さんのリハビリテーションに応用したいと考えています。自分の意志でロボットを動かす感覚を取り戻すことは、脳の再学習を促す大きな助けとなるでしょう。SNSでは「動かなかった手が動くようになるなんて魔法のようだ」と、医療現場での実用化を待ち望む声が数多く寄せられています。
さらに、大阪大学の平田雅之特任教授らのチームは、ALS(筋萎縮性側索硬化症)の患者さんが、脳に貼り付けた電極シートを通じてロボットアームを操り、文字入力を行う実験に2013年に成功しました。2019年中には、ロボットを遠隔操作する臨床試験の開始も見込まれており、身体の自由を失った方々が再び社会とつながる希望の光となっています。
イーロン・マスク氏も参戦!「第2の言語」としての脳波通信
BMIの可能性に目をつけたのは、研究者だけではありません。テスラやスペースXの創業者として知られるイーロン・マスク氏は、新会社「ニューラリンク」を設立し、脳に電極を埋め込んでスマートフォンなどのデバイスを操作する壮大な計画を発表しました。また、フェイスブックも思考だけで意思を伝える技術の開発に名乗りを上げています。
人類が言葉を手にしたのは約30万年前とされていますが、脳波による通信は「第2の言語」の獲得とも言える進化のステップです。キーボードや音声を使わず、念じるだけで家電や車を操り、人同士が「脳通信」で語り合う。そんな「新人類」が誕生する日は、すぐそこまで来ているのかもしれません。こうした動きに対し、ネット上では期待と驚きが入り混じった反響が広がっています。
一方で、国際電気通信基礎技術研究所(ATR)では、両手で作業をしながら「第3の腕」であるロボットアームを同時に操る「マルチタスク」の研究も進んでいます。これが実現すれば、料理をしながら遠隔で子供をあやすといった働き方が可能になります。人手不足という概念すら過去のものにする、まさに「労働力の定義」を揺るがす破壊的イノベーションと言えるでしょう。
技術の光と影:倫理とセキュリティの課題
ただし、この「もろ刃の剣」とも言える技術には慎重な議論も欠かせません。脳の情報は究極のプライバシーです。もし脳への「不正アクセス」が行われれば、思考を盗み見られたり、改ざんされたりする恐れがあります。牛場准教授らは2017年、技術利用に関する倫理綱領を米科学誌に発表し、法的責任や安全性の整備を強く訴えています。
私は、この技術が人々の幸福につながるかどうかは、私たち自身の「選択」にかかっていると考えます。能力が拡張されるからといって、ただ闇雲に仕事を増やすだけでは、心身ともに疲弊してしまいます。大切なのは、拡張された能力を何に使い、どのような未来を築きたいのかという哲学を持つことではないでしょうか。
2019年11月20日現在、技術は凄まじいスピードで進化していますが、法整備や倫理的な議論はまだ始まったばかりです。素晴らしい未来を享受するために、政府や私たち市民がこの進歩を直視し、真剣に議論を深めていくことが今、最も求められています。
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