現代を生きる私たちにとって、スマートフォンの操作ミスは日常に潜む最も身近な恐怖かもしれません。2019年11月17日、ある友人から衝撃的な話を聞きました。本来はAさんに送るはずのメールを、不注意にもBさんに送ってしまったというのです。単なる飲み会の誘いなら笑い話で済みますが、その一通が数十年来の友情を壊すほどの致命的な内容だったそうで、胸が痛みます。
かつて葉書や手紙が主役だった時代、宛先を書き間違えることは極めて稀なミスでした。しかし、現代の電子メールやSNSは、ワンタッチで瞬時に言葉を飛ばしてしまいます。一度送信ボタンを押してしまえば、相手の端末からその情報を完全に削除することは、物理的にほぼ不可能と言えるでしょう。便利さと引き換えに、私たちは常に「一瞬の油断」というリスクを背負っているのです。
孔子の弟子も警告した「言葉の暴走」
SNSでの「炎上」や「誤爆」への反応を見ていると、いつの時代も人間はコミュニケーションで失敗を繰り返す生き物だと痛感します。古代中国の『論語』にも、こうした事態を予見したかのようなエピソードが記されています。衛という国の高官が「中身が重要であり、外見や飾りなど不要だ」と豪語した際、孔子の弟子である子貢(しこう)は、その極端な意見を鋭く諫めました。
子貢は「そんな発言は取り返しがつかなくなりますよ」と苦言を呈し、「駟(し)も舌に及ばず」という有名な言葉を引用しました。「駟」とは、4頭の馬が引く馬車のことで、当時の世界では最速を誇る乗り物です。どれほど足の速い馬車を走らせても、一度口から飛び出した言葉の拡散スピードには決して追いつけない。そんな戒めが込められた、深い意味を持つ格言なのです。
古の教えである「駟も舌に及ばず」は、現代のデジタル社会においてこそ、さらに重みを増しています。私は、技術が進歩して情報伝達が光の速さになった今、私たちの倫理観や慎重さはそれ以上に研ぎ澄まされるべきだと考えます。かつては「口」を慎むことが美徳とされましたが、これからは「指」の滑りにも十分な警戒が必要な時代と言えるでしょう。
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