現代社会において、データは経済を動かす新たな「石油」とも呼べる不可欠なエネルギー源となっています。かつては検索エンジンやSNSの世界に留まっていたデータ収集の波は、今や私たちの医療、金融、教育といった生活の根幹を支える領域にまで容赦なく浸食しているのです。2019年11月18日のフィナンシャル・タイムズ紙による衝撃的な報道は、この現実を浮き彫りにしました。
記事によれば、私たちが信頼を寄せる医療情報サイトが、ユーザーの極めて繊細な健康データをグーグルやアマゾンといった巨大プラットフォームへ提供していたことが判明しました。特に米国で進行中の「プロジェクト・ナイチンゲール」では、グーグルが数千万人分もの患者記録を、本人や医師への事前通知なしに入手していたというのです。こうした現状は、もはや個人のプライバシーが風前の灯火であることを示唆しています。
さらに、グーグルは金融界への進出も加速させています。2019年11月現在、彼らはシティグループと提携し、当座預金口座サービスの提供を計画中です。ブランドこそ既存の金融機関のものですが、その裏側で顧客の資金動向という貴重な情報を抽出(データマイニング)するのはテック企業側です。これにより、既存の産業構造が根本から塗り替えられようとしている事態に、私たちはもっと危機感を抱くべきでしょう。
規制の「抜け穴」が招く不平等な監視社会
現在、世界で生み出される富の約8割がわずか1割の企業に集中しており、その多くはシリコンバレーの巨大テック企業です。彼らが推し進めるのは、消費者の行動を徹底的に追跡して利益に変える「監視資本主義」というビジネスモデルです。ここで問題なのは、既存の医療機関や銀行には厳しいプライバシー保護法が課される一方で、新規参入のテック企業には同等の法規制が及ばない「制度のゆがみ」が生じている点にあります。
たとえデータを「匿名化」して処理したとしても、最新の計算手法(アルゴリズム)を用いれば、再び個人を特定することは不可能ではありません。SNS上では「病気の悩みまで筒抜けになるのか」といった不安の声が噴出しており、従来の規制枠組みが完全に時代遅れになっていることは明白です。このままでは、真面目にルールを守る既存企業が淘汰され、データの独占による弊害だけが社会に残る結果を招きかねません。
私は、この現状をイノベーションの停滞であると考えています。特定の巨大企業がデータを独占し、参入障壁を築き上げている状況下では、優れたアイデアを持つスタートアップが育つ土壌は失われてしまいます。私たちが手に入れるべきなのは、企業による一方的な支配ではなく、民主的な手続きによって管理される「デジタル主権」ではないでしょうか。誰が、何の目的で自分のデータに触れるのかを、自らの意志で決定する権利です。
解決策の一つとして注目されているのが、政府が管理する「公共データバンク」の創設です。カナダのトロント市では、スマートシティ構想において収集したデータを公的な管理下に置く議論が進んでいます。信頼できる公的機関がデータを預かり、透明性を確保した上で民間企業に活用を認めれば、プライバシーを守りつつ飛躍的な技術革新が期待できるでしょう。2019年11月27日、私たちは自らのデータを取り戻すための、大きな転換点に立っています。
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