2019年11月30日、食の奥深さを再発見させてくれる一冊として『中国くいしんぼう辞典』が大きな注目を集めています。著者の崔岱遠氏が綴るのは、単なるレシピの紹介に留まらない、中国各地に息づく壮大な食の物語です。清明祭の時期に人々が行列をなして求める「春餅(チュンビン)」のエピソードからは、薄いクレープ生地に季節の野菜を包んで味わう、季節への慈しみが伝わってきます。
SNS上では、この本に対して「単なる辞典ではなく、最高のグルメエッセイ」「読んでいるだけでお腹が空いてくる」といった絶賛の声が相次いでいます。特に、北京っ子である著者が語る「滷煮小腸(ルージューシアオチャン)」への哀愁には、多くの読者が共感しています。これは豚のモツをじっくり煮込んだストリートフードですが、時代の変化とともに本物の味に出会える機会が減っているという事実は、現代社会が失いつつある豊かさを象徴しているようです。
「滷煮小腸」とは、豚の内臓をスパイスと共に煮込み、小麦粉の餅を浸して食べる北京の伝統的な軽食(小吃)を指します。かつては人力車の車夫たちが寒さを凌ぐために愛した活力源でした。しかし現在では、イスラム教徒の経営者が増えたことで、豚肉を扱う伝統的な店が減少しているという背景があります。こうした宗教や文化の変遷が食生活に直結している点は、多民族国家である中国ならではの興味深い視点と言えるでしょう。
失われゆく「手間暇」という名の贅沢
本書で著者は、現代のレストラン経営が「効率」ばかりを優先していることに警鐘を鳴らしています。例えば、シロウリと豚肉を炒める「醤瓜炒肉丁(ジアングアチャオロウディン)」という料理は、下準備だけで1時間以上を要します。ファストフードのようなスピードが求められる現代では、こうした手間のかかる料理は敬遠されがちです。本来の北京料理とは、身近な食材を時間をかけて芸術に昇華させる点に真髄があるはずです。
私個人の意見として、食文化を守るということは、その土地の「時間軸」を守ることと同義だと感じます。安くて早いことが正義とされる風潮の中で、あえて非効率な調理法を継承することの価値を、私たちは再評価すべきではないでしょうか。高級な食材を使うことだけがグルメなのではなく、歴史と愛情を煮込むことこそが、本当の贅沢なのだと崔氏の文章は力強く訴えかけてくるのです。
一方で、地方に目を向ければ、その土地でしか再現不可能な神秘的な美味が残されています。内モンゴルの「手把肉(ショウバーロウ)」は、羊肉を塊のまま茹でる豪快な料理ですが、その美味しさの秘密は燃料にあります。乾燥させた牛の糞を燃やした強い火力が、羊特有の臭みを消し去るのです。こうした現地の環境と密接に結びついた調理法は、都市部の近代的なキッチンでは決して真似することができない知恵の結晶です。
さらに、杭州の名物である「西湖醋魚(シーフーツーユー)」のエピソードも秀逸です。西湖で獲れた魚を、そのまま西湖の水で泳がせて泥を抜く。この工程がなければ、あの清らかな甘みは生まれません。食とは、その土地の空気や水、そして人々の生活そのものであることが分かります。変化し続ける都会と、古き良き伝統を守る地方。本書は、美食を通じて中国という巨大な国家の多面的な素顔を鮮やかに描き出しています。
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