忙しい日常の中で、ふとした瞬間に書棚から一冊の本を抜き出し、パラパラとページをめくる。そんな贅沢なひとときを過ごしたことはありますでしょうか。2019年11月30日現在、俳人の坪内稔典氏が提案するのは、まるで良質なサプリメントのように、少しずつ読み進めることで心や思考をリセットしてくれる「哲学書」との付き合い方です。
今回注目を集めているのは、2018年11月に出版された篠原資明氏の著書『あいだ哲学者は語る』です。著者の篠原氏は、自身の哲学的な立ち位置を「あいだ哲学」、その思考のプロセスを「交通論」と定義し、25年以上にわたり探究を続けてきました。本書は、建築や衣服、さらには生と死といった11の身近なテーマを切り口に、その深奥な思想を分かりやすく解き明かしています。
「くるむ」行為に隠された生と死の深い境界線
例えば「衣服」の章では、私たちが当たり前に行っている「包む」という行為に焦点を当てています。赤ちゃんが生まれてすぐに布にくるまれること、そして人生の終焉において死者が再び洗われ、死に装束に包まれること。これらは、現世やあの世へと一方的に導く「単交通(たんこうつう)」であると説かれています。この言葉は、情報の行き来が一方向であることを指す専門用語です。
こうした視点に触れると、日常的なプレゼントの包装や、美容のためのフェイスパックといった何気ない行動さえも、生と死を包み込む神聖な儀式のように感じられてくるから不思議です。SNS上でも「哲学と聞くと難解なイメージがあるけれど、身近な行動に意味を見出す視点が新鮮」といった声が上がっており、知的好奇心を刺激される読者が増えています。
このように本を通じて自分の気分や思考が少しだけ変化することを、篠原氏の言葉では「異交通(いこうつう)」と呼びます。これは単なる情報の受け渡しではなく、自分とは異なる価値観と触れ合うことで、自己の中に新しい化学反応が起きる状態を指しています。一度に読み切る必要はなく、変化を楽しんだらまた本を棚に戻す。そんな自由な読書スタイルこそが、現代人には必要なのでしょう。
言葉を分解して世界を再構築する「超絶短詩」の衝撃
また、篠原氏は優れた哲学者であると同時に、「超絶短詩」を提唱する独創的な詩人でもあります。これは、ひとつの言葉を分解し、そこに「オノマトペ(擬音語・擬態語)」や感動詞を盛り込むことで、全く新しい風景を立ち上がらせる表現手法です。例えば「哲学者」という言葉を分解した詩は、読者に強烈なインパクトを与えます。
「鉄が くしゃ」というわずか五文字の表現。ここには、鉄という硬質な存在が紙のように脆く変容する驚きが凝縮されています。これこそが、既存の概念を打ち砕く哲学者のパワー、あるいはその裏側にある滑稽さを表現した見事な「異交通」の形だと言えるでしょう。編集者としての私の視点からも、こうした言葉の解体は、硬直化した思考をほぐす最高のストレッチだと感じます。
さらに「親爺(おやじ)」を分解した「おや 痔」といった遊び心溢れる作品もあり、哲学が決して高潔な場所だけにあるものではないことを教えてくれます。重厚な理論と軽やかな詩情が行き来するこの本は、常に手元に置いておきたい一冊です。2019年11月30日の今日、皆さんも書棚に眠る一冊の哲学書から、新しい世界との交通を始めてみてはいかがでしょうか。
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