カンボジアの経済が今、大きな岐路に立たされています。2019年12月04日現在、欧州連合(EU)はカンボジアに対する経済制裁の発動に向けた最終調整に入りました。その焦点となっているのが「EBA協定」と呼ばれる制度の適用停止です。これは武器以外の全品目を無関税で輸出できる特恵措置ですが、これが撤廃されれば、カンボジアの輸出額の約4割を占める欧州ルートが、高い関税という大きな壁に阻まれることになります。
このニュースに対し、SNS上では「ユニクロやH&Mの服が高くなるかもしれない」「現地の労働者の生活はどうなるのか」といった懸念の声が広がっています。実際、カンボジアの縫製工場は、私たちが日常的に手にするファストファッションの主要な生産拠点です。制裁が現実のものとなれば、企業は生産拠点の移転を余儀なくされ、そのコストが商品の価格に転嫁される可能性も否定できません。消費者にとっても決して他人事ではない事態なのです。
フン・セン首相の巧みな外交と「人権」を巡る駆け引き
なぜEUは制裁を検討しているのでしょうか。その背景には、30年以上の長期政権を敷くフン・セン首相による強権的な政治体制があります。2017年に最大野党を解党し、2018年の総選挙で議席を独占した一党支配に対し、EUは民主主義の毀損(きそん)と人権侵害を厳しく批判してきました。国際社会のルールを守らないのであれば、貿易上の優遇措置も継続できないという厳しい姿勢を崩していません。
これに対し、老練な政治家であるフン・セン首相も策を講じています。2019年11月10日には、軟禁状態にあった野党指導者ケム・ソカ氏の拘束を一部解除するなど、柔軟なポーズを見せ始めました。これはEUの最終判断を遅らせるための「時間稼ぎ」であるとの見方が有力です。また、旧東欧諸国に根回しを行い、EU内部での意見対立を誘うなど、その外交手腕は極めて狡猾(こうかつ)であり、独裁への批判をかわそうと必死な様子が伺えます。
私個人の意見としては、人権という普遍的な価値を守るための制裁は理解できますが、それが結果として現地の弱者である労働者を苦しめるという矛盾に胸が痛みます。縫製業に従事する約75万人、その家族を含めれば数百万人の生活が、この外交上の駆け引きによって天秤にかけられているのです。正義を貫くことが、必ずしも救済に直結しない国際政治の難しさを痛感せずにはいられません。
中国への急接近が東南アジアの勢力図を塗り替える
さらに警戒すべきは、カンボジアが「脱欧米」を加速させ、中国への依存を深めている点です。すでに海外投資の約7割を中国に頼る同国にとって、EUの制裁は中国への完全な傾斜を招くトリガーになりかねません。これは、米国と中国の覇権争いが続く東南アジアにおいて、地域の安定や外交バランスを根底から揺るがす大きなリスクを秘めています。
2020年02月の最終決定に向け、カンボジア政府がどこまで譲歩を見せるのか、あるいは孤立の道を突き進むのか、世界がその動向を注視しています。自由な政治活動の再開という「正しい一歩」が本物になるのか、それともポーズに終わるのか。私たちのクローゼットから国際情勢まで、あらゆる繋がりに影響を及ぼすこの問題は、今まさに緊迫した局面を迎えているのです。
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