近年、従来の抗がん剤治療に続く「第4の治療法」として、多くのがん患者さんにとって希望の光となっているのが「がん免疫療法」です。この治療法は、患者さん自身の免疫力を利用して、がん細胞への攻撃を促す画期的なアプローチですが、現状では投与した患者さんの2割から3割程度にしか明確な効果が見られないという課題を抱えています。
こうした中、治療効果や副作用を事前に、より正確に予測し、患者さん一人ひとりに最適な治療法を選び出すための新たな研究が進められています。その焦点となっているのが、免疫チェックポイント阻害薬(がん細胞が免疫にブレーキをかける仕組みを解除する薬)が体内でどのように巡り、どの程度の濃度で血液中に存在するのかという「血中濃度」を詳細に調べることです。
この研究を牽引しているのが、国立がん研究センター研究所(東京・中央)の研究チームです。同研究所の浜田哲暢・分子薬理研究分野長は、研究室に設置された質量分析装置(物質の質量を精密に測ることで成分を特定・定量する分析機器)を操作しながら、「患者さんの血液中の免疫薬の濃度を調べています」と語っています。代表的な免疫チェックポイント阻害薬としては、小野薬品工業の「オプジーボ」や米メルクの「キイトルーダ」などがあり、治療法がなかった難治性の患者さんにも効果をもたらすことがある一方で、その効果はまだ限定的だと言えるでしょう。
これまで、薬が効く患者さんと効かない患者さんの違いを事前に見つけるため、効果を予測する分子マーカー(病気の有無や進行度などを客観的に示す指標となる生体内の物質)を探す研究が続けられてきましたが、決定的な予測因子は見つかっていません。しかし、ここへきて、薬の効果が見られる患者さんは、血中の薬の濃度が相対的に高いという報告が寄せられるようになったのです。この事実は、治療効果の予測において「血中濃度」が鍵を握る可能性を示唆しています。
浜田分野長と柳下薫寛研究員らは、複数の大学病院と連携し、米メルク社の「キイトルーダ」を用いた75歳以上の肺がん患者さん100名を対象とした大規模な臨床研究をスタートさせました。免疫チェックポイント阻害薬の主成分である抗体は、分子サイズが大きいため、血液中の濃度を精密に測定するのが非常に困難でした。そこで研究チームは、島津製作所と共同開発した特殊な測定技術を採用しています。これは、抗体を意図的にペプチド(タンパク質が細かく切れた断片)に切り分け、その中でも薬の性能を左右する重要な部分だけを回収して分析するという、極めて精度の高い手法です。
浜田分野長は「この特殊な測定法によって得られる濃度データと、治療効果、そして副作用の関係を3年間かけて詳細に解明したい」と意気込みを見せています。この臨床研究の成果は、投薬中の患者さんの血液データに基づいて、治療の経過や効果をリアルタイムで予測する技術の開発に直結するでしょう。すなわち、血液モニタリングによるテーラーメイド医療(個々の患者の遺伝子情報や病態に合わせた最適な医療)の実現に向けた大きな一歩となるに違いありません。
👀2つの免疫チェックポイント阻害薬の”体内動態”に潜む違い
免疫チェックポイント阻害薬には、免疫細胞の一種であるT細胞が持つ「PD-1分子」に結合することで効果を発揮する「オプジーボ」のようなタイプと、がん細胞側が持つ「PD-L1分子」に結合することで効果を発揮するタイプがあります。これらの薬は、いずれもPD-1とPD-L1の結合を断ち切り、がん細胞への攻撃を抑制する「ブレーキ」を解除する働きを持ちます。
しかし、血中濃度の違いによって、治療効果や副作用の現れ方に差が出る可能性が指摘され、注目を集めています。千葉大学の畠山浩人助教、樋坂章博教授、荒野泰名誉教授らの研究チームは、大腸がんおよび乳がんを患ったマウスに、前述した2種類の免疫チェックポイント阻害薬をそれぞれ投与し、その後の血液中の濃度変化を調べました。
その結果、PD-1抗体は投与から8日後も高い血中濃度を維持していたのに対し、PD-L1抗体は比較的早く濃度が低下するという挙動を示しました。投与から8日後の時点で、薬が分解された割合はPD-1抗体で3割から4割程度であったのに対し、PD-L1抗体では6割から7割と非常に高かったのです。このデータから、畠山助教は「PD-L1抗体は体内で効率良く作用していない可能性がある」との見解を示しています。
その背景には、PD-L1分子が、がん細胞だけでなく、マクロファージやB細胞など、多種多様な免疫細胞にも存在しているという事実が関わっていると考えられています。これらの細胞がPD-L1抗体を結合して分解してしまうため、結果として目的とするがん細胞への到達効率が低下し、十分な効果を得るためにはより多くの量を投与する必要が生じる可能性があります。
ですが、薬の投与量を増やせば、それに伴って副作用のリスクも高まることになり、患者さんの負担は増大します。がん免疫療法薬は確かに画期的な治療法ですが、決して万能薬ではありません。効果が期待できないにもかかわらず、強い副作用のリスクが高い患者さんには、別の種類の免疫薬や従来の抗がん剤など、最適な選択肢への切り替えを速やかに行う必要があります。
だからこそ、今回ご紹介した「血液中の免疫薬の濃度を継続的にモニタリングする技術」が、今後のがん治療の鍵を握ると言っても過言ではありません。2019年6月28日に公開されたこの研究成果が、個別化治療の進展を加速させ、より多くの患者さんが副作用に苦しむことなく、最大限の治療効果を得られる未来を切り開くことを期待しています。
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