ノーベル賞級の成果に思わぬ伏兵!「オプジーボ」特許訴訟が映すがん免疫治療と国際共同研究のリスク

世界をリードするがん免疫治療薬「オプジーボ」を巡り、驚くべき司法判断が下されました。2019年5月31日の時点で、米連邦地方裁判所は、ノーベル生理学・医学賞を受賞された本庶佑・京都大学特別教授と小野薬品工業株式会社が保有する、がん免疫療法に関する複数の特許について、米国の2名の研究者を共同発明者として認める判断を示したのです。これは、国際的な共同研究が不可欠な先端科学分野において、優れた研究成果を上げた後も特許係争という厳しいリスクが潜んでいることを鮮明に浮き彫りにしています。

今回の裁判で共同発明者と認定されたのは、米国の著名な研究機関であるダナ・ファーバーがん研究所の研究者ら2名です。裁判所は、この2名の研究が、オプジーボの開発に繋がる極めて重要な手がかりを提供し、発明に貢献したと結論付けています。この判決を受け、本庶教授は即座に控訴の手続きに入られたとのことです。本庶教授側は、ノーベル賞という権威ある受賞歴も背景に、米国の裁判では勝利を確実視していた節があったようですが、今回の地裁判決は今後の特許戦略を練る上で、まさに「思わぬ伏兵」となり得る重大な一歩です。

特に米国の特許法では、共有特許を第三者にライセンス供与する際、日本のように共有者全員の同意を義務付けていません。このため、ダナ・ファーバーがん研究所は今回の地裁判決に基づき、特許を独自に製薬企業などにライセンスできるようになると主張しています。もし上級審でも地裁の判断が支持された場合、同研究所はオプジーボの米国での売上の一部をロイヤルティーとして受け取ろうと動くでしょう。これは、米国でのオプジーボの販売権を持つブリストル・マイヤーズスクイブ(BMS)社の収益を減少させる要因となり、またダナ・ファーバーのライセンス先が競合品を市場に投入すれば、オプジーボの市場シェアまで脅かされかねない事態です。

オプジーボは、人間の免疫細胞が持つ「PD-1(ピーディーワン)」という分子の働きを阻害することで、がん細胞に対する免疫力を回復させるがん免疫チェックポイント阻害薬と呼ばれる薬です。小野薬品工業が日本で発売した当初、1人の患者に1年間投与するために3000万円以上かかる高額な薬として大きな議論を呼びました。国民皆保険制度のない米国で、ダナ・ファーバーがん研究所の主張通りに競合品が増えて低価格化が進めば、患者さんにとっては朗報かもしれません。しかし、真の発明者が日本人研究者であるにもかかわらず、本来日本に還元されるべき対価が米国へ流出してしまうとすれば、日本の基礎研究の発展にとって大きな問題であると、私は考えます。

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特許係争と科学者の責務:情報流出のリスクにどう備えるか

本庶教授が控訴されれば、審理の舞台は知的財産に特化した連邦巡回控訴裁判所へと移ります。本庶教授側は、この上級審で発明とがん免疫治療との関係がより深く理解され、審理が有利に進むことを期待されているようです。しかし、東京大学の玉井克哉教授のような専門家からは、「地裁でも実験ノートなど、かなり厳密な証拠調べが行われているはずであり、判断が覆る可能性は低い」という慎重な見方も出ています。国際共同研究が当たり前の現代において、論文が瞬く間に出回り、学会では未発表の情報までもがやり取りされるという状況は、研究者にとって一番乗りを目指すための熾烈な競争を生んでいます。

実際、本庶教授とダナ・ファーバーがん研究所の研究者らは、2000年前後にも数回会合を持ち、最新の知見を披露し合ったり、研究のための試薬を交換したりしていたとのことです。政府も国際的な共同研究を強く推奨していますが、日本から海外へ情報が出て行くのは避けられないでしょう。そして、大きな成果が実る頃合いを見計らって、発明者として名乗りを上げる人物が現れるのを、完全に阻止することは困難です。私としては、こうした先端分野の研究を行う際には、常に特許係争に巻き込まれるリスクがあるものとして、受けて立つ準備を整えておくことが極めて重要だと主張したいのです。

そのためには、日頃から知的財産の専門家や、特許係争の経験が豊富な弁護士らと連携できる体制を構築しておく必要があるでしょう。また、今回の特許を巡っては、本庶教授と小野薬品工業の間で、教授が受け取るべき特許権使用の対価(ロイヤルティー)が少なすぎるとして対立が深刻化しています。BMS社も含めた三者が協力し、ダナ・ファーバーがん研究所と争うのが戦略としては本筋ですが、両者の対立が長引くことで、共通の敵に対する戦略を組み立てにくくなるという懸念も生じています。生命科学などの先端分野における国際競争は激しく、今回の事例は、研究開発の成果をどのように守り、どのように次世代の基礎研究へ繋いでいくかという、日本の科学界全体に重い問いを投げかけていると言えるでしょう。

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