日本文化研究の大きな柱が、また一つ失われました。江戸文化研究の第一人者として、長年にわたり斯界を牽引し続けてきた九州大学名誉教授の中野三敏さんが、2019年11月27日午後1時50分に急逝されました。享年84歳でした。
死因は急性肺炎とされており、東京都内の病院で静かに息を引き取られたとのことです。葬儀や告別式は近親者のみで既に執り行われ、喪主は長男の学而さんが務められました。SNS上では、先生の温かいお人柄や明晰な講義を懐かしむ教え子たちの声が絶えません。
中野さんは、それまで「文化の空白地帯」と見なされることもあった江戸時代中期こそが、実は文化が最も豊かに花開いた時期であることを実証しました。1981年には、当時の大衆文学を指す「戯作」を学術的に分析した「戯作研究」で、サントリー学芸賞を受賞されています。
ここで言う「戯作」とは、江戸時代後半に流行した滑稽本や読本などの娯楽読み物を指す言葉です。中野さんはこうした資料を丹念に読み解き、当時の人々の高い知性と教養を浮き彫りにしました。1982年には九州大学教授に就任し、後進の育成にも尽力されています。
中野さんの功績は、2010年の文化功労者選出、そして2016年の文化勲章受章という形で最高級の評価を受けました。著書「和本の海へ 豊饒の江戸文化」は、専門家だけでなく多くの読者に和本の持つ深い魅力を伝え、古典籍への興味を呼び起こした名著です。
私個人としても、中野さんの「和本」を慈しむような視点には深い感銘を受けてきました。和本とは、日本古来の製本方法で作られた書籍のことですが、先生はそれを単なる古書ではなく、当時の知の集積体として愛し、その価値を再定義されたのです。
中野三敏さんの研究によって、私たちは江戸時代をより誇らしく、より彩り豊かなものとして認識できるようになりました。先生が「和本の海」から掬い上げた数々の発見は、これからも日本の文化を照らし続ける貴重な道標となるに違いありません。
コメント