追っ手の足音に怯え、食料も底をつき、信じた仲間たちが次々と倒れていく。そんな絶望的な状況下で、かつての英雄たちは何を思い、険しい道を進んだのでしょうか。今、歴史の敗者たちが逃げ延びた「敗走路」を自らの足で辿る旅が、多くの人々の心を捉えています。
華々しい勝利の歴史よりも、むしろ滅びゆく者が放つ哀愁や人間ドラマにこそ、現代人は強い「エモさ」を感じるのかもしれません。2019年11月9日、宮崎県延岡市には、そんな歴史の追体験を求めて12人のランナーが集結しました。彼らが挑むのは、明治維新最大の悲劇とも言える「西南戦争」のルートです。
西郷隆盛の足跡を辿る!60キロ超の過酷なトレイルラン
1877年、西郷隆盛は延岡市の長井村で最後の軍議を開き、故郷である鹿児島への帰還を決意しました。この壮絶な敗走路を舞台にしたイベントが「SAIGO Trail 1877」です。延岡から高千穂まで、2日間で60キロを超える山道を駆け抜けるこの試みは、2019年で3回目を迎えました。
コース上には、明治政府軍が掘った「塹壕(ざんごう)」と呼ばれる、身を隠しながら射撃するための溝や、薩摩軍の宿営地跡が今も生々しく残っています。道幅は狭く、激しいアップダウンが続く獣道は、当時の逃亡がいかに過酷であったかを無言のままに物語っているようです。
福岡県から参加した60歳の長野豊喜さんは、司馬遼太郎の小説をきっかけに歴史へ傾倒した一人です。実際に山道を走り、「ここで死ぬ方が楽だったのではないか」と驚きを隠しません。なぜ西郷はあえて困難な道を選び、鹿児島を目指したのか。その答えを探すように、一歩一歩を踏み締めていました。
SNSでも「敗者の視点で歴史を見るのは新鮮」「当時の苦労を知ると背筋が伸びる」といった声が上がっています。単なるスポーツではなく、土地に残る情念を五感で受け止める体験は、現代の忙しない日常を生きる私たちに、特別な深い感慨を与えてくれるのでしょう。
日本各地に眠る「敗者のドラマ」に魅せられて
敗走路に魅了されているのは、西郷ファンだけではありません。ある女性会社員は、672年の「壬申の乱」で敗れた大友皇子の足跡を追い続けています。公式な記録では自害したとされる皇子ですが、実は各地に生き延びたという伝説があり、その痕跡を訪ね歩くことで歴史のIF(もしも)に胸を躍らせています。
また、愛知県の21歳の青年は、2019年7月に原付きバイクで京都から函館までを走破しました。新選組が「戊辰戦争」で北上したルートを辿り、あえて当時と同じ場所でテント泊を敢行したそうです。北へ向かうほどに厳しさを増す旅路を通じ、隊士たちの孤独な決意を肌で感じ取ったといいます。
歴史ファンに根強い人気を誇るのが、1600年の「関ケ原の戦い」で見せた「島津の退き口」です。敵軍のど真ん中を突破して撤退するという伝説のルートは、人気アニメとのコラボスタンプラリーも開催され、多くのファンが「死に場所」を求めた武士の生き様に涙しました。
主催者の小池卓哉さんは、西南戦争から150年となる2027年までこの活動を続けると熱く語ります。勝利の記録は教科書に残りますが、敗走の物語は道の上にだけ刻まれています。今、あなたが立っているその足元も、かつて誰かが必死に駆け抜けた敗走路の一部かもしれません。
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