八村塁選手も熱狂!大阪万博から生まれた北陸のソウルフード「ビーバー」復活の奇跡

北陸地方で世代を超えて愛され続けている「ビーバー」というお菓子をご存じでしょうか。この揚げあられは、北陸産のもち米に日高昆布の旨味をたっぷりと練り込み、絶妙な焼き塩加減で仕上げた逸品です。サクサクとした食感と昆布の風味が後を引く、まさに北陸のソウルフードと呼ぶにふさわしい味わいでしょう。

実は、このユニークな名前の背景には、今から約半世紀前の歴史的な出来事が深く関わっています。商品名が決まったのは、日本中が熱狂の渦に包まれた1970年(昭和45年)の大阪万博がきっかけでした。当時の開発元である福富屋製菓の従業員が、社員旅行で訪れた万博会場で運命的な出会いを果たしたのです。

彼らの目を釘付けにしたのは、カナダ館に展示されていたビーバーの人形でした。その可愛らしい前歯の形が、自社で開発していたあられの形状と驚くほど似ていたことから、その場で「ビーバー」と命名されることになったそうです。万博という国際的な舞台から地元の名物が誕生したエピソードには、当時の高揚感が凝縮されていますね。

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相次ぐ経営危機を乗り越えた「伝統の味」の絆

しかし、その歩みは決して平坦なものではありませんでした。時代の変化とともに市場競争は激化し、製造元が二度にわたって経営破綻するという苦境に立たされたのです。1996年(平成8年)に福屋製菓が事業を継承したものの、2013年(平成25年)には再び経営の危機に直面し、一時はその味が途絶えることも危惧されました。

救いの手を差し伸べたのは、同じ金沢市に拠点を置く北陸製菓でした。地元のファンから寄せられた「あの味を失いたくない」という熱い声に動かされ、2014年(平成26年)に事業を継承。驚くべきことに、かつての職人たちも北陸製菓へと移籍し、発売当時の秘伝のレシピを現在まで守り抜いているのです。

職人のプライドが詰まったこの復活劇には、胸が熱くなるものがあります。単なる商品の売買ではなく、地域文化を守ろうとする企業の姿勢こそ、現代のビジネスに求められる誠実さではないでしょうか。こうした「守るべき味」があることは、北陸の人々にとって大きな誇りとなっているに違いありません。

SNSで大バズり!八村塁選手が火を付けた爆発的人気

現在、27歳の若きリーダーである高崎憲親社長は、SNSを活用した広報戦略に力を注いでいます。2018年(平成30年)には専門チームを結成し、InstagramやLINEスタンプを展開するなど、若い世代へのアプローチを加速。そんな中で、2019年(令和元年)7月に予期せぬ大きな転機が訪れました。

富山県出身でNBAのスター、八村塁選手が「チームメイトに大人気のお菓子」としてビーバーをSNSで紹介したのです。この投稿は瞬く間に拡散され、ネット上では「あの懐かしいお菓子が世界へ!」「食べてみたい!」と大きな反響を呼びました。スターの影響力は絶大で、全国から注文が殺到する事態となったのです。

現在は増産が追いつかず、のどぐろ味やカレー味の販売を一時休止し、プレーンと白えび味に絞って提供するほどの人気ぶりです。2025年に再び大阪で万博が開催されることを控え、高崎社長は「名前の由来となった縁の地で魅力を伝えたい」と展望を語っています。再来する万博の舞台で、ビーバーが再び輝く日が楽しみですね。

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