昭和という激動の時代を駆け抜け、令和の今なお熱狂的な支持を集め続ける不世出の文人、澁澤龍彦。その波乱に満ちた生涯を圧倒的な密度で描き出した決定版の評伝『像(かたち)』が、2019年12月21日に大きな注目を集めています。著者の礒崎純一氏は、編集者として晩年の澁澤氏を支えた人物であり、本書はまさにファン待望の「史上初となる本格的な伝記」と言えるでしょう。
澁澤龍彦といえば、1960年代にマルキ・ド・サドの翻訳で一躍時代の寵児となったことが思い出されます。ここでいう「翻訳」とは、単に言葉を置き換える作業ではありません。彼の場合は、西欧の異端文化やエロティシズム、さらには「黒魔術」といった禁忌の領域を、卓越した知性で日本に紹介する知の冒険だったのです。SNS上でも「彼の文章に触れて世界観が変わった」という声が絶えません。
三島由紀夫の死を経て開花した「物語作家」としての奇跡
1970年11月25日、親友であり良き理解者でもあった三島由紀夫が壮絶な自決を遂げたことは、澁澤氏の創作活動に大きな転換点をもたらしました。それまでの紹介者としての立場から、次第に独自の美学を追求するエッセイストへと深化を遂げたのです。古今東西の知識を自在に操る「思考の紋章学」のような、知のタペストリーとも呼べる文体は、読者を魅惑の「ドラコニア(龍彦の王国)」へと誘いました。
晩年には『唐草物語』や遺作となった『高丘親王航海記』など、絢爛豪華な物語を次々と世に送り出しました。これらは「澁澤文学」の到達点であり、幻想と現実が交錯する唯一無二の宇宙を形成しています。500ページを超える本書は、一見すると辞書のような重厚感がありますが、読み始めると驚くほどスムーズにその世界に没入できるはずです。これこそ、洗練された知識に裏打ちされた「明晰さ」の賜物でしょう。
私自身、長年エディトリアル(編集)の仕事に携わってきましたが、本書ほど緻密に構築された伝記には滅多に出会えません。著者の礒崎氏は、膨大な資料を博捜し、情報の取捨選択を徹底することで、澁澤氏の「伊達の薄着」と称されるダンディズムを見事に再現しています。難しい言葉を並べるのではなく、誰にでも伝わる伸びやかな語り口で綴るという、澁澤氏本人の美学を継承したような構成に胸が熱くなります。
澁澤龍彦という人物は、まさに知性の「少年皇帝」でした。本書を読み進めるうちに、彼の背後にある孤独な影と、それを覆い隠すような華麗なレトリックの対比が浮かび上がってきます。多くの人々が彼の言葉を引用し、憧れ続ける理由は、その「変わらぬ若々しさ」にあるのではないでしょうか。この冬、贅沢な時間を過ごしたい読者にとって、4000円という価格を遥かに超える価値を持つ一冊になるに違いありません。
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