2019年12月26日、俳人の夏井いつきさんが綴る言葉には、冬の寒さを溶かすような温かな知恵が詰まっています。19年目を迎えたラジオ番組『夏井いつきの一句一遊』には、リスナーから驚きの報告が届きました。俳句を始めたことで、イライラによる「爆買い」やストレス発散の浪費がぴたりと止まったというのです。SNSでも「心の余裕ができた」「日常の解像度が上がった」といった共感の輪が広がり、五七五の魔法が現代人の精神的な豊かさに直結していることが伺えます。
なぜ俳句を嗜むと、物欲から解放されるのでしょうか。それは、創作の源となる「好奇心」が外の世界へ向かうからです。冬の空が湛える独特の色、光り輝く風花(晴天に舞う雪)、そして柊の花が放つ繊細な香り。こうした細微な変化に目が向くと、高価な品物を手に入れることよりも、目の前の景色を愛でることに幸福を感じるようになります。季節の情景を表す「季語」を知ることは、世界を再発見する冒険と言えるでしょう。
人々の何気ない営みも、すべてが大切な「俳句のタネ」に変わります。大きな荷物を抱えた男性や、マフラーをなびかせる女性。鯛焼きを分け合う親子の姿に心が動くとき、私たちは孤独ではなく、他者と共に生きている奇跡を実感するはずです。負の感情さえも作品の一部として捉え直すことができれば、世界はもっと優しく見えてくるに違いありません。編集部としても、スマホの画面を眺める時間を、少しだけ空や街並みに向ける心の余裕を持ちたいと感じさせられます。
受け継がれる「おもやい」の心と、除夜の鐘が繋ぐ縁
夏井さんの故郷である愛媛県の内海村(現在の愛南町)には、「おもやい」という美しい言葉が伝わっています。かつて貧しかった村で、大家族の食卓を切り盛りした祖母の口癖でした。これは単に「共有する」という意味ではなく、語源を辿れば「思い合い」が転じたものだそうです。一つの皿を分け合い、限られたおかずを慈しみながら食べる。そんな「おもやい」の精神こそ、現代が忘れかけている、他者を思いやる真髄なのかもしれません。
2019年12月31日の大晦日も、夏井さんは仲間たちと除夜の鐘を撞きに寺へ向かいます。この「吟行(ぎんこう)」とは、屋外を歩きながら俳句を詠む伝統的なスタイルのことです。凍てつく寒さの中、満天の星の下で響く鐘の音。一打ごとに一句を詠み、自然と向き合う時間は、魂を浄化する儀式のようでもあります。和尚様の読経と鐘の残響が混ざり合う空間で、一年の締めくくりにふさわしい、静謐なひとときが流れていきます。
鐘を撞き終えた後に振る舞われる、熱々の豚汁。その一杯には、寺の方々の真心がたっぷりと注がれています。大人数で押しかけても、それを笑顔で受け入れてくれる懐の深さもまた、現代版の「おもやい」と言えるでしょう。私たちは一人で生きているのではなく、誰かの優しさと分かち合いの中で生かされているのです。令和の時代を迎えても、こうした泥臭くも温かな交流を、いつまでも大切に守り続けていきたいものですね。
コメント