日本が「忘れられた国」になる前に。働き方改革に潜むリスクとダイバーシティの真髄とは

2019年12月26日、日本の将来に警鐘を鳴らす声が経済界のトップランナーたちから上がりました。ソフトバンクグループの孫正義氏やファーストリテイリングの柳井正氏は、今の日本が国際的な競争力を著しく失っていると指摘しています。彼らの言葉からは、このままでは日本が世界から「忘れられた国」になってしまうという強い危機感が伝わってくるでしょう。

こうした懸念の背景には、現在進行している「働き方改革」の解釈に対する違和感があると考えられます。SNS上でも「定時退社は嬉しいけれど、仕事のやりがいを奪われている気がする」といった声や、「一律的なルールが個人の成長を止めている」という批判的な意見が散見されます。ただ時間を短縮するだけの改革が、本来の目的から逸脱し始めているのかもしれません。

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情報の洪水と「仕事」への価値観

現代社会では、インターネットを通じて膨大な情報が凄まじいスピードで流れ込んできます。私たちは世界中の多様な価値観に触れ、仕事よりもプライベートや趣味を優先する生き方を容易に知ることができるようになりました。しかし、人生のどこかのフェーズにおいて、寝食を忘れるほど業務に没頭することは、決して余暇を楽しむ権利を否定するものではないはずです。

「やりがい」を持って働くことは、人生を豊かに彩る重要なスパイスだと言えるでしょう。にもかかわらず、今の現場では何があっても定時退社を強いるような、画一的な運用が目立っています。これでは、情熱を持ってプロジェクトを完遂しようとする若手や、専門性を極めたいプロフェッショナルたちの芽を摘んでしまう恐れがあり、非常に勿体ないと感じます。

ダイバーシティの本質は「働く自由」にある

本来の働き方改革とは、人生100年時代を見据えて「働く時間」と「楽しむ時間」のメリハリを自分で選べるようにすることです。子育て期には家庭を最優先し、勝負どころのプロジェクトでは徹底的に打ち込むという柔軟性こそが求められています。一律に「長いものに巻かれる」ような姿勢では、個人の能力は引き出せず、結果として国家の競争力も削がれてしまうでしょう。

ダイバーシティ、すなわち「多様性」の本質とは、単に属性が異なる人々が集まることではありません。それぞれの価値観を尊重し、自主的に働く自由も認められるべきなのです。もちろん健康を損なわないよう周囲の配慮は不可欠ですが、情熱を持って社会に貢献したいという願いを制限しすぎるのは、企業の質的な成長を妨げる要因になりかねません。

私は、働き方改革が単なる労働時間の削減合戦に終わるのではなく、真に豊かな人生を設計するためのツールになることを期待しています。企業が売上などの量的な指標だけでなく、従業員の満足度ややりがいといった質的な成長に目を向けたとき、日本は再び世界で輝きを放つ存在になれるはずです。誰もが誇りを持って働ける社会の実現を、切に願ってやみません。

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