2019年6月23日、沖縄県糸満市摩文仁の平和祈念公園で「沖縄全戦没者追悼式」が厳かに執り行われ、戦没者への哀悼の誠が捧げられました。この日は、太平洋戦争末期の沖縄戦の組織的戦闘が終結したとされる「慰霊の日」にあたり、沖縄の地では、世代を超えて平和への誓いを新たにする大切な一日となっています。しかしながら、式典では、長年にわたり沖縄が抱える重い課題である米軍普天間基地(宜野湾市)の移設問題を巡り、沖縄県と日本政府の立場の違いが改めて鮮明になる場面も見受けられました。
玉城デニー知事が読み上げた平和宣言では、基地問題に対する県民の強い意志が反映されました。特に注目を集めたのは、普天間基地の名護市辺野古への移設計画に関して、同年2月に実施された県民投票の結果への言及でしょう。この県民投票では、辺野古移設に「反対」が7割を超えるという圧倒的な民意が示されています。知事は、この「県民の大多数の民意に寄り添う」よう政府に強く求め、「辺野古が唯一の解決策であるという固定観念にとらわれず、県との対話を通じて解決策を見出すことを強く要望する」と訴えかけました。この知事の言葉は、県民の切実な願いを代弁しており、民主主義の根幹である民意の尊重を政府に迫る、力強いメッセージだと私は感じました。
これに対し、当時の内閣総理大臣であった安倍晋三首相は、追悼式において「米軍基地の集中による大きな負担は変えていかなければならない」と述べ、沖縄の負担軽減が政府の重大な責務であるとの認識を示しました。さらに式典後には記者団に対し、辺野古移設について「基地を新設するものではなく、一日も早い全面返還を目指すための取り組みだ」と説明しました。首相はまた、「世界で最も危険といわれる普天間基地が、危険な状態のまま放置されることは絶対に避けなければならない」と強調し、基地の危険性除去の必要性を訴え、辺野古移設を推進する政府の姿勢を改めて表明しました。この発言からは、政府が「普天間基地の危険性除去」と「沖縄の負担軽減」という二つの目標を達成するために、辺野古移設が最適かつ唯一の現実的な選択肢である、と考えていることが読み取れるでしょう。
玉城知事の「対話による解決」と、安倍首相の「危険性除去のための全面返還」という訴えは、解決へのアプローチにおいて明確な違いを見せています。この根深い問題は、日本全体の安全保障と沖縄県民の生活、そして戦没者の魂が安らかに眠る平和な未来という、極めて重要な要素が複雑に絡み合っているため、SNSなどでも大きな反響を呼んでいます。多くの人々が、沖縄戦の悲劇を忘れないことと同時に、沖縄基地問題の現状に対する政府と県の溝を、どのように埋めるべきか、という点に注目し、議論を交わしている状況です。この追悼式での政府と県の隔たりは、平和への願いが込められたこの特別な日において、沖縄の現在が抱える困難を象徴していると言えるでしょう。
私見として、沖縄の未来を考える上で、この「慰霊の日」に示された両者の主張は、どちらも無視できない正当性を含んでいると考えます。戦争の犠牲の上に成り立つ平和を、いかにして次世代へ継承し、沖縄の基地負担を実質的に軽減していくか。政府には、県民の意思を真摯に受け止め、辺野古移設以外の選択肢も含めた「対話」の道を模索する柔軟な姿勢が求められているのではないでしょうか。そして、県民投票で示された「反対」という民意は、単なる移設反対ではなく、「沖縄にこれ以上の基地負担を押し付けないでほしい」という、平和への強い希求の表れであると捉えるべきでしょう。
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