北海道の大自然を象徴する存在であるヒグマですが、今まさに、人間社会との境界線でかつてない緊張状態が続いています。環境省が発表した統計によれば、2018年度に捕殺されたヒグマの数は827頭に達し、過去最多であった前年度の記録を塗り替える事態となりました。SNS上では「命を奪う以外の方法はないのか」という悲痛な声が上がる一方で、現地の深刻な状況を知る人々からは「もはや限界に近い」という切実な意見が飛び交っています。
人里への出没は一時的な現象にとどまらず、2019年度も10月末の時点で既に539頭が駆除されるという異例のペースで推移しています。特に酪農が盛んな地域での被害は目を覆いたくなるような惨状です。北海道標茶町では、2019年07月以降に27頭もの牛が次々と襲われ、そのうち12頭が命を落としました。丹精込めて育てた家畜を失う農家の精神的なショックと経済的な損失は、私たちの想像を絶するものがあるでしょう。
絶滅の危機から「生息数1.8倍」へ、変化した生態系
かつて北海道では、ヒグマの個体数を抑制するために、冬眠から目覚める時期を狙った「春グマ駆除」が1966年度から組織的に行われていました。しかし、絶滅を危惧する保護の観点から1990年にこの制度は廃止されています。その結果、2012年度の推定生息数は1990年度と比較して約1.8倍にまで増加しました。個体数の回復は保護活動の成果とも言えますが、増えすぎたクマが餌を求めて人里へ進出する「歪み」を生んでいるのも事実です。
2019年08月には札幌市の住宅地に連日ヒグマが現れ、最終的に射殺されるというショッキングな出来事がありました。この際、市役所には道内外から約600件もの苦情や意見が殺到し、職員が丸2日間も電話対応に追われる事態となったのです。「駆除」という言葉の響きは残酷に聞こえますが、電気柵などの防御策を講じてもなお、住民のすぐそばまで迫る脅威を前に、行政は究極の選択を迫られているのが現状だといえます。
「保護」が困難な現実と、私たちが向き合うべき課題
「殺さずに生け捕りにして保護できないのか」という純粋な願いに対しても、専門家は厳しい現実を突きつけます。「のぼりべつクマ牧場」の坂本秀行氏は、野生個体が飼育環境に適応することの難しさを指摘します。ヒグマには未知の個体を排除しようとする強い習性があるため、保護した個体を無理に群れに入れると、かえって凄惨な争いが生じるリスクがあるのです。また、年間数百頭という規模の個体を受け入れられる施設はどこにも存在しません。
私は、この問題を「かわいそう」という感情だけで片付けるべきではないと考えます。自然保護と住民の安全は、どちらも切り捨てられない大切な天秤です。しかし、今の北海道で起きているのは、もはや共生のバランスが崩れた「有事」ではないでしょうか。感情論に終始するのではなく、適切な個体数管理のあり方や、人里に近づけないための緩衝地帯の整備など、科学的根拠に基づいた議論を加速させることが、結果的にクマと人の双方を守る道に繋がるはずです。
コメント