2020年01月03日、米軍がイラン革命防衛隊のソレイマニ司令官を殺害したニュースは、世界中に大きな衝撃を与えました。この大胆な行動に対して、トランプ政権や一部のタカ派政治家からは喝采が上がっています。しかし、本当に特定の指導者を排除するだけで、複雑に絡み合った中東の外交問題が解決するのでしょうか。この安易な発想には、ホワイトハウスの根深い「思い込み」が潜んでいると言わざるを得ません。
インターネット上のSNSでも、この暗殺劇に対しては激しい議論が巻き起こっています。「テロの首謀者を排除したのは正当な自衛権の行使だ」と支持する声がある一方で、「これで中東の緊張がさらに高まり、全面戦争に発展するのではないか」という強い懸念や不安のポストが相次いでいます。多くのユーザーが指摘するように、一人の命を奪った代償は、国際社会全体にとってあまりにも大きすぎるものになる可能性を秘めているのです。
ハリウッド映画が植え付けた「ドクターイーブル症候群」の誤謬
米国の外交姿勢を見ていると、まるで映画の悪役を倒せばハッピーエンドを迎えるという、浅はかなハリウッド的思考に陥っているように見えます。これを通称「ドクターイーブル症候群」と呼ぶことができます。過去を振り返れば、2003年12月にイラクのフセイン大統領が拘束された際も、米国はこれで民主化が進むと大喜びしました。しかし結果として、イラクは泥沼の宗派対立に陥り、かえって治安が悪化したのは周知の事実です。
2011年10月にリビアのカダフィ大佐が殺害された後も、その地域は無政府状態となり、過激派の温床へと姿を変えました。ウサマ・ビンラディンを排除しても、形を変えて「イスラム国(IS)」という新たな脅威が誕生しただけでした。今回殺害されたソレイマニ氏は、むしろそのISを掃討する局面において、重要な役割を果たしていた側面もあります。現実の世界は、勧善懲悪の映画のように単純な構造ではないのです。
国際秩序を揺るがす「暗殺」という劇薬の危険性
国家の要人をドローンなどで秘密裏に抹殺する行為は、国際法を無視した極めて危険な暴挙と言えます。かつて冷戦時代の1970年代に、米中央情報局(CIA)の行き過ぎた暗殺工作が批判を浴び、1976年には大統領令によって外交手段としての暗殺は公式に禁止されました。それにもかかわらず、今回のトランプ政権は「正当防衛」という大義名分を盾に、事実上の国家テロとも言える作戦を強行してしまいました。
このテロリズムの定義を都合よく解釈する姿勢は、世界のパワーバランスを著しく歪める恐れがあります。もし米国がこの論理を押し通すのであれば、将来的にロシアや中国といった大国も「自国の安全を脅かす敵だ」と主張し、外国にいる標的をドローンで合法的に暗殺し始める事態を止められなくなります。暗殺を外交の道具にすることは、道徳的に許されないだけでなく、国際社会を無法地帯へと変えてしまう劇薬なのです。
求められるのは目先の戦果ではなく「冷戦時代の忍耐」
現在の緊迫した情勢に対して、私自身は、米国がかつて冷戦を勝ち抜いた原点である「忍耐と自制」に今一度立ち返るべきだと強く主張します。1947年に外交官のジョージ・ケナン氏が提唱した、長期の視点で相手を封じ込める戦略こそが、当時の巨大なソ連との破滅的な戦争を回避させました。目先のスカッとするような暴力解決に頼るのではなく、地道な外交努力を続けることこそが、本当の強さと言えるのではないでしょうか。
ソ連に比べれば、現在のイランによる脅威の規模ははるかに小さいと言えます。それにもかかわらず、トランプ政権が再びハリウッド的な悪者排除の理論に飛びついてしまったことは、重大な過ちです。すでに2020年01月08日には、イランによる報復のミサイル攻撃が行われ、中東の緊張は最高潮に達しています。「終わりなき戦争」を終結させると誓ったはずの大統領が、世界をさらなる混乱へ陥れている現実に、私たちは冷徹な目を向ける必要があります。
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