エッセイストの岸本葉子さんのもとに、年上の知人から久しぶりの連絡が入ったのは2020年1月16日のことでした。その内容は、長年契約していたトランクルームを解約するという決断報告だったのです。実は12年前に、リタイアを控えた彼女の本の保管場所を一緒に探したという深い縁がありました。自宅からも車で通いやすい近所の物件を見つけ、当時は大いに喜ばれたことを今でも鮮明に覚えています。
しかし、預けた書籍は結局一度も取り出されることなく、そのまま歳月が流れてしまいました。このエピソードに、SNS上では「耳が痛い」「本当に必要な物は意外と少ないのかも」といった共感の声が続出しています。つまり、12年間も触れずに生活できたということは、日常生活において「なくても困らないもの」だったという証明に他なりません。知人はその事実に気づき、一念発起してすべての本を処分することを決意されたそうです。
実は、そのトランクルームには岸本さん自身の段ボール箱も1つだけ一緒に保管されていました。中身は実家の父親から「成績物や写真だ」と渡されたもので、詳細な内容は本人すら把握していませんでした。当時の父親は、それまでに見せないほど強情な態度で荷物の引き取りを要求してきたといいます。今振り返れば、それは父親の心身に訪れた老いのサイン、すなわち加齢に伴う認知機能の変化や、身辺整理の衝動が始まりだったのかもしれません。
突然の厄介払いに当時は戸惑い、置き場所に頭を抱えていた岸本さんにとって、知人のトランクルーム探しはまさに天の助けでした。そして2020年1月16日、知人の解約に伴い、その思い出の箱が彼女の息子の車によって再び玄関先へと戻ってきたのです。12年間もの間、一度も開封されることなく粘着テープで密閉されたままの段ボール箱を前にして、岸本さんは深い思考に沈みます。
「これほど長い間開けなかったのなら、中身はなくても困らないはず」という知人の言葉は、片付けにおける真理と言えるでしょう。そのまま中身を見ずに箱ごとゴミとして廃棄してしまう選択肢も、頭をよぎらなかったわけではありません。ですが、自分の過去が詰まった荷物を一度も確認せずに捨てるのは、あまりにも乱暴で行き過ぎた行為のように思えて思い留まりました。
意を決して状況を把握するために蓋を開けると、中からはさらに小さな紙箱がいくつか現れました。一番上の箱を開けた瞬間、岸本さんは思わずのけぞるほどの衝撃を受けることになります。そこには、画用紙いっぱいに水色のクレヨンで大胆に塗られた、懐かしいゾウの絵が眠っていたのです。かつて家族の間で「水色のおまるを使っていたから、ゾウをこの色で描いたのだろう」と笑い合った記憶が、一瞬で蘇りました。
こうした過去からの予期せぬ不意打ちこそ、古い荷物を整理する際の一番の難敵ではないでしょうか。その下の箱には、自身が生まれる前の「大過去」とも呼べる親戚たちのセピア色の写真が大量に収められていました。これらをすべて処分することは、自らのルーツを完全に断ち切ってしまうような強い罪悪感を伴うため、非常に難しい判断を迫られます。
大切な思い出の象徴となる数点だけを残し、残りを手放すのが最も賢明で穏当な方法だと誰もが理解しているはずです。しかし、SNSでも「思い出の選別は本当にエネルギーを使う」と言われるように、過去と対峙する作業は想像以上の精神力を消耗します。一生分の記憶と向き合うことは、私たちが今生きている「現在」への集中力を大きく削いでしまう恐れがあるのです。
筆者自身の意見としても、無理に今すぐ白黒をつける必要はないと考えます。大切なのは、自分の心が納得できるタイミングで整理を行うことです。岸本さんも、今回はそっと蓋を閉めてクローゼットの奥へと箱を仕舞い込みました。この荷物が再び「開かずの箱」から目覚め、本当の役割を終える日は、もう少し先のことになりそうです。
コメント