1995年1月17日に発生し、6434人もの尊い命が奪われた阪神淡路大震災から、2020年1月17日で25年という大きな節目を迎えました。四半世紀が経過した被災地では、体験者の高齢化に伴って記憶の風化が深刻な課題となっています。このような状況のなか、悲劇を繰り返さないために教訓を次世代へ語り継ごうと、新たな一歩を踏み出す若者たちの姿が注目を集めているのをご存じでしょうか。
SNS上では「もう25年も経ったのか」「当時を知る世代として自分に何ができるか考えさせられる」といった、歴史の継承に対する強い関心の声が数多く寄せられています。神戸市兵庫区で実際に被災した会社員の山本真巨さんは、2020年1月7日に母校の神戸市立会下山小学校を訪れました。震災で命を落とした同級生の名前が刻まれた銅板を前にして、彼女は自らの活動の原点を静かに見つめ直しています。
激しい揺れに襲われた25年前のあの日、彼女は家族とともに近くの中学校へ避難しました。冷え切った廊下に新聞紙を敷いて過ごした、過酷な避難所生活の記憶は今も鮮明です。その避難の最中、スポーツが大好きで活発だった同級生の男の子が、地震に伴う火災によって亡くなったという悲しい報せが届きました。当時はまだ幼かったこともあり、死という重い現実をすぐには理解できなかったといいます。
月日は流れ、社会人となった彼女に転機が訪れたのは2018年末のことでした。市民団体「語り部KOBE1995」の報告会に参加した際、語り手の数が最盛期の約半分にまで減少している現実に直面したのです。「あの日を語る人がいなくなってしまう」という強い危機感が、彼女の心に芽生えました。学生時代に恩師から言われた「あなたたちは震災の記憶を持つ最後の世代」という言葉が蘇ります。
ここで注目したい「語り部」という専門用語は、歴史的な出来事や災害の体験談を、当時の記憶がない世代に向けて直接口頭で伝える人々を指す言葉です。文字データや映像資料だけではこぼれ落ちてしまう、被災時の緊迫感や人々のぬくもりを、自らの声で生々しく伝える重要な役割を担っています。彼女はまさに、この大切な役割を自らの意志で引き継ぐ決意を固められたのでしょう。
決意を胸に、彼女は2019年11月末に開催されたボランティア団体のイベントで、初めて自身の被災体験を公の場で語りました。避難所で身に沁みた人の優しさや、地域社会における「互助(お互いに助け合うこと)」の大切さを懸命に訴えかけたのです。真剣に耳を傾けてくれる人々の姿を目の当たりにし、自分が声を大にして伝えていく意義を、改めて確信したに違いありません。
現在は職場でも後輩を育成する立場となり、周囲への感謝や助け合いの精神を若い世代に育んでほしいと願う彼女の姿には、深く胸を打たれます。震災を知らない子供たちに対して、日常のなかで自然に防災意識を高められる環境を作ることが、現代を生きる私たちの責務ではないでしょうか。彼女のように、過去の痛みを未来の希望へと変える若き伝承者の存在こそが、これからの防災社会を支える光です。
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