私たちが生きているこの世界の姿を、美術作品を通して浮き彫りにする展覧会が開催されています。2020年2月1日現在、東京・六本木の国立新美術館で開催中の「DOMANI・明日2020」展は、現代美術の真髄に触れられる注目のイベントです。これまで文化庁の支援を受けた若手作家の成果発表の場であった本展ですが、今回は東京オリンピック・パラリンピックの特別版として、世代を超えた11名の作家が集結しました。
傷ついた風景と向き合う、深い眼差し
本展の副題には「傷ついた風景の向こうに」という言葉が掲げられています。地震や災害、そして戦争といった過酷な歴史を経て生まれた表現を見つめることは、現代を生きる私たちが明日のあり方を探るための重要なプロセスではないでしょうか。会場の冒頭を飾る石内都さんの作品は、個人の身体に残る傷痕を捉えた写真です。その生々しい傷は、時を重ねてきた生命の深さを静かに、しかし力強く物語っています。
また、米田知子さんの写真も見る者の心を揺さぶります。歴史の舞台となった場所を写したその一枚は、一見すると美しい風景ですが、秘められた歴史的背景を知ることで、見る側の感情や視点が完全に変容します。SNS上でも「ただの美しい景色だと思っていた場所の真実を知り、震えた」「風景が持つ記憶の重さに圧倒される」といった反響が寄せられており、視覚情報がいかに私たちの認識を形作っているかを痛感させられます。
自然と昆虫の視点が転換する、驚きのインスタレーション
本展では、人間中心主義的な自然観を揺さぶる作品にも出会えます。世界的な昆虫写真家である栗林慧さんと、その息子で現代美術家の栗林隆さんが手掛けたインスタレーションは圧巻です。昆虫の目線で捉えた世界は、まるで別次元の宇宙のようであり、人間とは異なる生命の息遣いがそこにあります。ヒガンバナに飛来するアゲハ蝶の写真は、まるで怪獣のように力強く、人間主体の価値観を瞬時に転倒させるほどの衝撃を与えてくれるでしょう。
樹木に見出す「生と死」の境界線
展覧会の締めくくりを飾るのは、写真家・畠山直哉さんによる最新作です。2011年3月11日の東日本大震災で故郷・陸前高田市を襲われた畠山さんは、震災後、瓦礫に埋もれた故郷の風景を撮り続けてきました。今回展示されたのは、津波の被害を受けた土地に佇む樹木たちの姿です。
特に心に残ったのは、福島県南相馬市の神社の跡地に立つ一本の木です。右側は枯れかけ、左側は豊かに葉を茂らせているその姿は、まさに生と死の境界線にあります。「半分生きて、半分死んでいる」。この言葉は、被災地で生きる人々の複雑な心情を鏡のように映し出していると感じます。芭蕉が夏草に兵どもの夢の跡を見たように、古来より日本人は惨事の後の自然に想いを寄せてきました。しかし、本展の樹木たちが放つ存在感は、単なる包容力とは異なる、より切実な「命」への渇望を私たちに突きつけてくるのです。
現代において、私たちは身近な自然から癒やしを得る回路を失いつつあるのかもしれません。だからこそ、こうした作品を通じて、樹木や草花、昆虫といった「そばに生きる命」を息を潜めて見つめるという行為に、私たちは心の拠り所を求めているのではないでしょうか。開催は2020年2月16日まで。日常の喧騒から離れ、命のあり方を深く考える時間を過ごしてみてはいかがでしょうか。
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