外食大手サガミホールディングスの会長を務める鎌田敏行氏が、伊藤忠商事時代の貴重な経験を語ってくださいました。特に注目すべきは、中東での新たな挑戦です。商社マンとしてのキャリアの中で、後に社長・会長となる丹羽宇一郎氏との出会いが、鎌田氏の仕事観に大きな影響を与えています。丹羽氏は、ご自身に厳しく、部下に荒々しい言葉を使わない指導者であったといいます。そして、何よりもその勉強熱心な姿勢は尊敬を集めており、アメリカ駐在にあたっては、アメリカと名のつくすべての本を読破したと伝えられています。お酒を飲んで帰宅された後も、必ず寝る前に読書を続ける姿勢を「これを何十年も続けると、知識は血となり肉となる」と教えられたことが、鎌田氏にとっての金言となっていることでしょう。この教えは、知識の積み重ねがいかに重要であるかを物語っています。
鎌田氏もまた読書を好まれており、食糧部門では長年、大豆の輸入を担当され、さらに機能性食品の原料となる月見草種子(月見草の種子から抽出されるオイルには、γ-リノレン酸などの健康成分が含まれており、サプリメントなどに利用されています)の輸入にも携わっていました。転機が訪れたのは45歳のとき、1993年9月にイスラエルとパレスチナの間で「オスロ合意」という暫定的な自治を認める宣言が結ばれ、中東和平への機運が高まる最中でした。その約1カ月前に、当時の室伏稔社長との意見交換会において「イスラエルに拠点を設けるべきではないでしょうか」と提言されたのです。この提言も影響してか、1994年4月に開設されたテルアビブ事務所の初代所長に、鎌田氏は抜擢される運びとなりました。
💡 不眠不休で挑んだテルアビブでの人脈構築とビッグビジネス
初代所長に就任された鎌田氏は、尊敬する丹羽氏の姿勢を見習い、イスラエルやユダヤに関する本を手当たり次第に読み始めました。まさに「不眠不休」という言葉がふさわしく、週7日間働き続けたそうですが、それは全く苦ではなかったと振り返っています。国内の商社の中でも、テルアビブに事務所を開設したのは第1号という、まさにパイオニアとしての挑戦でした。開設当初は、周辺のアラブ諸国への配慮もあり、手探りの状態で業務を進める必要があったようです。現地での人脈づくりはゼロからのスタートであり、その中でパレスチナ解放機構(PLO)の議長を務めていたアラファト氏に、何度かお会いする機会にも恵まれています。
イスラエル側では、日本のプラント大手企業とチームを組み、建設費500億円を投じる化学プラントを中央アジアで建設するという、非常に規模の大きなビジネスも手掛けています。結果として、7年半の赴任期間のうち、最後の3年間は毎年数百億円という取扱高を計上するまでに成長させました。この実績は、「一人総合商社」として大きな充実感を味わうものとなったでしょう。この話からは、大きなビジネスを成功させるためには、その国の歴史や文化、政治状況を深く理解し、ゼロからでも粘り強く人脈を構築する泥臭い努力こそが、商社マンの醍醐味であることが伝わってきます。
🌐 イスラエル発のイノベーションを日本へ! 若手への熱いメッセージ
イスラエルは国土が日本の四国ほどで、人口は約870万人と、エジプトの1割にも満たない規模です。しかし、驚くべきことに、その発想力は「第2のシリコンバレー」と呼ばれるほど、ゼロからイチを創造する力に目を見張るものがあります。IT(情報技術)やサイバー技術の分野で、世界中から注目を集める企業が多く誕生しているのです。このイスラエルの活力を「身近に感じてもらいたい」という思いから、鎌田氏は現在も毎年数回、講演活動を続けています。この熱意は、日本の若い世代に、世界で起きているイノベーションの現場を肌で感じてほしいという、未来を見据えた強いメッセージと言えるでしょう。
この記事が公開されると、SNSでは「丹羽さんの教えが素晴らしい」「不眠不休で成果を出す行動力がすごい」といった反響が見られました。特に「一人総合商社」という言葉には、一人の商社マンが持つべき能力と、成し遂げた成果の大きさに感動する声が多数寄せられています。鎌田氏の経験は、大きな転機をチャンスと捉え、徹底的な自己学習と行動力をもって難局を乗り越えることの重要性を私たちに教えてくれます。イスラエルでの挑戦は、まさに商社マンの鑑と言えるでしょう。
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