1967年、18歳の春。陶芸家として歩み始めた樂直入氏の原点は、東京・目白の予備校での日々から始まりました。東京芸術大学を目指し、初めて経験する独り暮らし。ギリシャ・ローマの石膏像を木炭でデッサンし、粘土で塑造をするという濃密な日々のなか、氏の青春はかけがえのない友人たちと出会うことで大きく色づき始めました。
青春とは、自己を深く洞察し、他者を発見するプロセスそのものでしょう。それは単に年齢を指す言葉ではなく、懐疑や恐れを抱きつつも、自己へまっすぐな視線を向け続ける姿勢そのものだと語ります。ポール・ニザンの有名な一節にあるように、人生の美しさは若さという期間だけに限定されるものではないのです。
知性と感性の洗礼、そして「未完」であることの美学
予備校生活のなかで、樂氏の精神に決定的な影響を与えた二人の女性がいました。文学を熱く語り、自己の内面を見つめる厳しさで樂氏を導いた千代浦泰子氏。そして、身体の奥底から湧き上がるような感動を「感じる」ことの深さを教えた隈部滋子氏です。彼女たちとの出会いは、ぼんやりと暮らしていた青年に、世界の広さと深さを知らしめました。
特に隈部氏との塑造での時間は、今も樂氏のなかに生き続けています。彼女が教えてくれたのは、細部にこだわることよりも、全体的な量感と生命力を捉える重要性でした。あえて完成させず、常に崩し、積み上げる。その「破綻を恐れず、常に未完であること」という姿勢こそが命の兆しであると、彼女の作品は教えてくれたのです。
このエピソードに対し、SNS上でも大きな反響が寄せられています。「完成形を目指すのではなく、生命感を捉え続ける姿勢に胸を打たれた」「青春時代の出会いが、その後の芸術人生を形作る核心になっているのが素晴らしい」といった声が溢れ、多くの読者が自らの青春時代に思いを馳せているようです。
彼女たちとの関係を、恋や単なる友情という言葉で括ることはできません。それは、遙かな時を超えて結ばれている根源的な縁のように感じられます。私自身も、知識を蓄えること以上に、こうした魂の核心に触れる経験こそが、人を真に成長させ、生きる力を与えてくれるものだと強く確信しています。
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