メディア史家・佐藤卓己の読書術に学ぶ!大学ゼミで「読むべき本」に挑み、次世代の共同研究者を育てる対話の力

2020年02月15日、メディア史家として知られる佐藤卓己氏が、読書論や教育論を交えた深い洞察を明かしました。佐藤氏は、歴史学者の與那覇潤氏による著書『荒れ野の六十年』を読み進める中で、自身の学問的ルーツを再確認したそうです。同書には佐藤氏の恩師であるドイツ史家、野田宣雄氏の著作が何度も引用されており、学問の系譜が脈々と受け継がれている様子が伝わってきます。SNS上でも「世代を超えて響き合う歴史観に知的好奇心が刺激される」と、大きな反響を呼んでいます。

野田氏が提示した「国民国家から帝国へ」というテーゼ、すなわち22年前に示された学説は、現代社会を鋭く予見していました。かつて20世紀の「国民国家(民族や文化のまとまりを基礎とした近代国家)」に対応できなかった中華帝国。しかし、国境の壁が薄れるボーダーレスな21世紀においては、むしろその帝国的システムの方が適合しやすいという指摘です。日本は文化の一体性が高い国家を完璧に築き上げたからこそ、国際化の波の中で内向きになり、適応力を失う危険性があるという警告は、今なお私たちの心に突き刺さります。

佐藤氏自身も若き日にこの野田史観に深く共鳴し、門下生として共同研究の書籍に執筆しました。当時還暦を迎えていた恩師に研究会の開催を提案した佐藤氏ですが、奇しくも自身が還暦を迎える年にその本を読み返しており、時の流れの美しさを感じずにはいられません。かつて彼が執筆した論文は、その後の代表作『現代メディア史』の土台となりました。このように、優れた師との出会いやその歴史観は、一人の研究者の生涯を決定づけるほど強烈な光を放つのです。

そもそも佐藤氏がドイツ史の道を志したきっかけは、「先生のような研究者になりたい」という純粋な憧れでした。そうした人生を変えるような出会いの場こそが大学であり、野田氏が担当していた少人数制の基礎ゼミがその舞台となったのです。毎週1冊の古典を読み、学生が内容を報告して議論を交わすという密度の濃い環境でした。そこでは、自分の興味で選ぶ「読みたい本」ではなく、学問を修める上で避けては通れない「読むべき本」の数々が厳選されていました。

ルソーやマルクス、ウェーバーといった名だたる思想家の大著は、どれも一人で読み切るには根気がいるものばかりです。しかし、「恩師の前で発表する」という心地よい緊張感があったからこそ、途中で投げ出さずに読破できたと佐藤氏は振り返ります。自発的な読書とは異なり、義務感やハードルの高い課題をやり遂げるには、並走してくれる仲間や指導者の存在、そして強制力のある環境が欠かせません。この時の厳しい体験が、後に教育者となった佐藤氏の基盤を作りました。

佐藤氏は同志社大学で教鞭を執るようになってからも、この「読むべき本」を課すスタイルを徹底しました。驚くべきことに、30代の頃には週に最低3冊もの専門書をゼミ生とともに読破していたそうです。学生にとっては息が詰まるほどのハードな試練だったに違いありません。しかし、その過酷な試練をともに乗り越えた教え子の中から、現在では対等な立場で学問を語り合う「共同研究者」が誕生しています。厳しい対話の先にある教育の理想像が、ここには示されているのです。

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