理系と文系の壁を壊す!ジョンソン・エンド・ジョンソン海老原育子氏に学ぶ、市場を動かす「キャリアの掛け算」と特許取得の裏側

優れた技術を開発したとしても、それが自動的に世の中へ広まるとは限りません。ジョンソン・エンド・ジョンソン ビジョンケアカンパニーの代表を務める海老原育子氏は、まさにそのジレンマを乗り越えてトップへ登り詰めた経営者です。東京大学大学院を修了後、1989年に住友スリーエム(現在のスリーエムジャパン)へ入社した彼女は、作業着姿で接着剤の研究に没頭する生粋のエンジニアでした。開発の苦悩を「地図を持たずに砂漠を歩くようなもの」と表現する彼女の言葉には、当時のリアルな葛藤が滲み出ています。

そんな彼女の転機となったのが、1996年からの2年間にわたるアメリカへの長期出張でした。現地で素晴らしい技術を生み出しても、マーケティング部門にその価値を否定される現実に直面します。そこで彼女は「相手が技術を理解しないなら、自分が市場の論理を学べばいい」と決意したのです。昼は開発、夜はビジネススクールという過酷な生活を経て、2003年にMBA(経営学修士)を取得しました。このMBAとは、経営やマーケティング、財務など、ビジネスを体系的に導くための最高峰の学位を指します。

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視点の変化がもたらした驚異の特許取得数

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文系の視点であるマーケティングを武器にしたことで、彼女の才能は爆発します。スリーエム時代に合計9つの特許を取得しましたが、実はビジネスを学び始めてからのほうが、その数は圧倒的に増えたそうです。特許の認定に不可欠な「新規性(これまでにない新しさ)」と「有用性(社会の役に立つ実用性)」のうち、市場のニーズを掴むことで後者を完璧にクリアできるようになりました。SNSでも「技術者がマーケティングを学ぶ重要性がよく分かる」「この掛け算こそ最強のキャリアパス」と、大きな反響を呼んでいます。

また、アメリカ本社で体験した「ポスターセッション」も彼女の価値観を大きく変えました。これは自らの研究内容を1枚のポスターにして掲示し、集まった仲間と自由に議論を交わす社内イベントです。実験室に引きこもるのではなく、専門性の異なる技術者たちと泥臭く対話を重ねることで、革新的なアイデアが次々と生まれました。他部署の人間とも積極的に繋がっていくこの行動力こそが、イノベーションを引き起こす最大の鍵だったと言えるでしょう。

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挑戦が未来を切り拓く!文理の枠を超えたメッセージ

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1999年には、当時では異例だったアメリカ本社への転籍を果たします。まだ「女性初」というレッテルがつきまとう時代だからこそ、安定に甘んじることなく、言葉の壁や年功序列のない実力主義の環境へ飛び込みました。失うものがないからこそ挑戦できたと語る姿には、一人の人間としての力強い芯の強さを感じます。個人的な意見として、彼女の成功は単なる幸運ではなく、自分の限界を自分で決めずに、足りないピースを自ら獲りに行く貪欲な姿勢があったからこそ掴み取れたものだと確信しています。

子供の頃から理系を自認し、大学では化学反応の面白さに魅せられていた海老原氏ですが、現在の彼女は「技術が分かるマーケッター」として輝いています。そんな彼女は、若い世代に向けて「早い段階から文系と理系を分けて考えない方が良い」と貴重な助言を送っています。統計分析が必要なマーケティングにおいて、苦手意識を理由に選択肢を狭めてしまうのは非常に惜しいことです。文系・理系という従来の枠組みに囚われない柔軟な発想の転換こそが、激動の時代を生き抜く最高の原動力になるでしょう。

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