宮城県石巻市に位置し、かつて「東洋一」と称えられた広大な岸壁を誇る石巻漁港がいま、深刻な地球温暖化の荒波にさらされています。東日本大震災の津波による壊滅的な被害を乗り越え、多くの水産加工施設が力強く再建を果たしました。しかし、そこで働く人々を待ち受けていたのは、海水温の上昇によって水揚げされる魚の種類が劇的に変化するという、予測困難な事態だったのです。
地元を代表する木の屋石巻水産の木村優哉社長は、看板商品であるサバの異変に強い危機感を抱いています。かつては安定していた漁獲時期が、海が荒れやすい冬場へとずれ込み始めており、このままでは年間を通じた安定供給が危ぶまれる状況です。工場では最新の凍結ラインを増強し、受け入れ態勢を整えたものの、肝心の魚が届かずその能力を十分に発揮できていないのが現状です。
かつては数千トン規模の豊漁に沸いたコウナゴも、2019年シーズンはわずか26トンという衝撃的な数字にとどまりました。シラス干しや佃煮の原料として地域を支えてきた主力の魚種が消えゆく姿に、関係者の間では「加工の柱が失われた」と落胆の声が広がっています。こうした異変は一過性のものではなく、海洋環境の根本的な変容を示唆しているのかもしれません。
南方の高級魚が東北へ?市場に並ぶ「見慣れない顔ぶれ」の正体
2019年9月24日の競り場では、驚きの光景が見られました。宮城の顔であるイワシやサバの隣に、本来は関東以南で獲れるはずのタチウオやワタリガニが堂々と並んでいたのです。これらは「南方系魚種」と呼ばれる、比較的暖かい海を好む生き物たちです。東北の海が彼らにとって住みやすい環境に変わりつつあることは、SNS上でも「地元でタチウオが獲れるなんて信じられない」と大きな反響を呼んでいます。
しかし、新たな魚が獲れるからといって手放しでは喜べません。関東では高級魚として珍重されるタチウオも、ここ石巻には専用の加工技術や流通ルートが十分に確立されていないのです。石巻魚市場の2018年の水揚げ量は震災前の8割まで回復したものの、スルメイカやカツオの激減は深刻です。餌となるプランクトンの分布変化も影響していると見られ、抜本的な対策が急務となっています。
宮城県水産技術総合センターの調査によれば、宮城沖の海水温は1911年から2018年までの107年間で0.81度も上昇しました。これは世界平均を大きく上回るペースであり、特に金華山沖では秋冬に水温が下がりにくい傾向が顕著です。新たに増えているサワラなども、関西のような高度な加工技術がないため、地元の需要は限定的という歯がゆい状況が続いています。
養殖産業の危機と未来への提言:温暖化を前提とした経営戦略を
人気の銀ザケ養殖も、水温上昇という壁に直面しています。稚魚を淡水から海水へ移す「海入れ」の目安は20度以下ですが、10月になっても22度を記録するなど、適温になる時期が遅れています。水温が下がらなければ養殖場を北へ移す必要がありますが、漁業権の壁が立ちはだかります。編集者として思うのは、もはや過去の成功体験に縛られず、中長期的な視点で「暖かい海の魚」を活かす新技術の導入を急ぐべきだということです。
震災からの復興を遂げた石巻の加工場は、設備こそ新しくなりましたが、今度は「原料の変化」という自然界からの厳しい試練を受けています。インフラの整備だけでなく、新たな魚種に合わせた商品開発や販売網の開拓こそが、本当の意味での復興の鍵となるでしょう。地球温暖化を「止める」努力とともに、変わりゆく海と「共に生きる」ための柔軟な経営判断が、今まさに求められているのではないでしょうか。
コメント