誰の人生にも、平穏な日常が音を立てて崩れ去る瞬間があるのかもしれません。サンリオエンターテイメントの代表取締役社長を務める小巻亜矢さんは、かつて想像を絶する喪失感を経験されました。サンリオに入社後、わずか2年で寿退社を選んだ彼女は、29歳で長男、32歳で次男を授かり、幸せの絶頂にいたのです。しかし、その輝かしい日々は、ある日突然として終わりを告げることになります。
運命が暗転したのは、次男がわずか2歳だった時のことです。交通事故という非情な出来事によって、愛する息子の命が奪われてしまいました。小巻さんは当時の心境を、まるで陽炎の中を彷徨っているようだったと振り返ります。SNS上でも「同じ親として涙が止まらない」「想像するだけで胸が締め付けられる」といった共感の声が溢れており、彼女の抱えた悲しみの深さは計り知れません。
その後、三男を出産してから半年後の1990年代、彼女は離婚を決意し、2人の子供を育てるシングルマザーとして再出発を図ります。「自分だけが生き延びていいのか」という自責の念に駆られながら、彼女は必死に働き口を探しました。しかし、幼い子を抱えた女性への風当たりは強く、ようやく辿り着いたのは化粧品の訪問販売という過酷な仕事だったのです。
「世の中の役に立たなければ生きる価値がない」という強迫観念が、彼女を突き動かしていました。全国を飛び回り、客の家庭事情に深く寄り添う中で、DVや貧困に喘ぐ女性たちの声を聴き続けたのです。しかし、他者の痛みに向き合う一方で、小巻さん自身の体は限界を迎えていました。体重は30キロ台まで激減し、ついには救急搬送される事態に陥ってしまったのです。
病床で彼女が気づいたのは、完璧な母親を演じようとする自身の姿が、亡き息子への「贖罪(しょくざい)」、つまり罪滅ぼしに過ぎなかったのではないかという問いでした。贖罪とは、犯した罪を何らかの形で償うことを指しますが、彼女の場合は自分を犠牲にすることで心の均衡を保とうとしていたのでしょう。その姿に、長男もまた心を痛めていたことを知った小巻さんは、大きな衝撃を受けました。
そんな彼女を救ったのは、45歳で出会った「コーチング」という手法でした。コーチングとは、対話を通じて相手の潜在能力を引き出し、自ら答えを見つけるサポートをするコミュニケーション技術のことです。「答えは相手の中にある」という言葉に導かれ、彼女は10年間止まっていた心の時計を再び動かし始めます。かつての同僚との縁で、サンリオグループでの化粧品開発に携わることになったのは、まさに運命の再会でした。
事業そのものは苦い失敗に終わりましたが、小巻さんはそこで真の使命を見出しました。それは、ただ外見を美しくすることではなく、かつての自分のように孤独な戦いを続ける女性たちの心を支えることです。絶望を経験した彼女だからこそ紡げる言葉が、今のサンリオの温かな文化を支えているのでしょう。深い悲しみを慈しみに変える力こそが、今の時代に最も求められているリーダーシップではないでしょうか。
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