日本の食卓に欠かせない納豆といえば、白いご飯にのせて糸を引く姿を想像されるでしょう。しかし、この馴染み深い発酵食品を愛しているのは日本人だけではありません。実は世界各地に、私たちの常識を覆すような多種多様な納豆が存在しているのです。名古屋大学の横山智教授は、20年以上にわたり東南アジアを中心に60カ所以上の集落を巡り、その奥深いルーツを調査してきました。SNSでは「海外にも納豆があるなんて驚き」「納豆の概念が変わった」と、知的好奇心を刺激された読者から熱い視線が注がれています。
横山教授が未知の納豆と初めて遭遇したのは、2000年のことでした。当時30代半ばだった教授は、地理学の調査でラオスの古都ルアンパバーンを訪れ、現地の屋台で「トゥアナオ」という茶色い豆に出会います。その意味はズバリ「腐った豆」。1袋わずか8円ほどで売られていたその豆からは、強烈なアンモニア臭が放たれていました。恐る恐る口に運んでみると、糸は引かないものの、味は紛れもなく納豆そのものだったのです。この衝撃的な体験が、世界に広がる納豆文化を紐解く長い旅の始まりとなりました。
枯草菌が織りなす魔法!変幻自在な形と驚きの製法
私たちが普段食べている糸引き納豆は、茹でた大豆に「枯草菌(こそうきん)」の一種である納豆菌を加えて作られます。枯草菌とは、稲わらや土壌、植物の表面など自然界のいたる所に生息している細菌の仲間です。ラオスのトゥアナオも、実はこの枯草菌の力で発酵していますが、種類によっては糸を引かないものも存在します。現地の製法は驚くほどシンプルで、茹でた大豆を通気性の良い袋に入れ、数日間日陰に置くだけで完成します。まさに、住居に住み着いた菌が魔法のように豆を美味しく変化させているのです。
調査を進めるうちに、納豆の形態が国や地域によって驚くほど豊かであることが分かりました。粒状のままのものから、潰して乾燥させたせんべい状、さらにはクッキーのような形や味噌状のものまで存在します。タイやミャンマー、ネパールでは、大豆をバナナやシダの葉で包んだり、新聞紙と一緒に段ボールに入れたりして発酵させる工夫も見られました。ミャンマー北部では、ついに日本と同じように糸を引く納豆も発見されましたが、これほど多様な進化を遂げている事実は、納豆が持つ無限の可能性を物語っています。
調味料としての納豆と、守るべき「食の多様性」
東南アジアの多くの地域で糸を引かない納豆が主流なのは、それが「調味料」として重宝されているからです。乾燥させて保存し、スープに溶かしたり野菜炒めに加えたりと、醤油の代わりのような役割を果たしています。醤油の製造に使う「麹菌(こうじきん)」は温度管理が非常に難しく、暑い地域では腐敗のリスクがありますが、生命力の強い枯草菌による納豆は、内陸部の貴重な栄養源兼調味料として独自の発展を遂げました。まさに環境に適応した先人たちの知恵の結晶と言えるでしょう。
かつての日本でも、農家が自家製していた頃は、失敗して糸を引かない納豆ができることも珍しくありませんでした。しかし、1950年代に製造が許可制となり、徹底した衛生管理が進んだことで、今では工場のパック詰めが当たり前となっています。効率や安全性が向上した一方で、地域ごとの個性や多様性が失われつつある現状には、一抹の寂しさを感じざるを得ません。世界に目を向ければ、西アフリカにも未知の納豆文化が広がっていると言います。均一化されない「食の深淵」をのぞくワクワク感こそ、私たちが忘れてはならない食への敬意ではないでしょうか。
コメント