国宝・松本城の城下町として知られる長野県松本市。その歴史ある街並みを東へ5分ほど歩くと、江戸時代から続く味噌の香りが漂ってきます。天保3年(1832年)に創業した老舗「萬年屋」は、180年以上の時を超えて愛され続けてきました。現在、6代目を担う今井誠一郎社長のもと、希少な伝統製法を現代に蘇らせ、単なる調味料を超えた「嗜好品」としての新しい味噌の価値を提案しています。
萬年屋の歩みは、決して平坦なものではありませんでした。1912年(明治45年)に発生した松本の大火では、中心街が焼き尽くされるほどの甚大な被害を受けました。しかし、土蔵造りの建屋は奇跡的に残り、代々受け継がれてきた職人の魂は途絶えることはありませんでした。SNS上でも「歴史の重みを感じる店構えが素晴らしい」「火災を乗り越えた蔵の底力を感じる」と、その佇まいに感動する声が多く寄せられています。
信州味噌が全国的なブランドへと飛躍したのは、昭和初期の頃でした。関東大震災の際、被災地へ送られた信州の味噌がその品質の高さを評価されたことがきっかけです。当時の萬年屋は、取引先を京都の南座へ招待して歌舞伎を楽しむほど、活気に満ち溢れていたといいます。生活必需品として日本の食卓を支えてきた誇りが、現代の萬年屋の根底にも流れているのでしょう。
究極の手仕事「味噌玉づくり」が醸し出す唯一無二の深い味わい
萬年屋の最大の特徴は、手間を惜しまない「味噌玉づくり」という製法にあります。一般的な味噌は、煮た大豆に塩や糀(こうじ)を混ぜて作りますが、この伝統製法は一味違います。まず、煮た大豆を丸い玉状に固めて熟成させ、そこに空気中の有用な菌を付着させてから仕込むのです。この「味噌玉」のプロセスこそが、大手メーカーには真似できない濃厚で複雑な旨味と、蔵独自の個性を生み出す秘訣となります。
戦後にこの製法を復活させたのは、先代の今井文夫氏でした。1960年代から70年代にかけて、効率化が進む世の中で「自社にしかない味」を求めての決断でした。私は、この「あえて手間をかける」姿勢こそが、飽和した現代の食文化において最も贅沢な価値だと考えます。効率を捨てて個性を選んだ先代の先見の明は、多様性が重視される令和の時代においても、より一層の輝きを放っているのではないでしょうか。
2019年9月13日現在、6代目の誠一郎社長は、父の志をさらに進化させています。原料の大豆を外国産から国産へ、そして今後は地元「松本産」へとシフトさせようとしています。地元の農業企業「かまくらや」と連携し、耕作放棄地を活用した米や大豆の栽培にも着手しています。地域の風土を丸ごと詰め込んだ「究極の地産地消味噌」への挑戦は、地域ブランドの理想的な形と言えるでしょう。
食の洋風化が進み、味噌汁を飲む機会が減っている今、誠一郎社長は味噌を「コーヒーやワインのような嗜好品」へ昇華させることを目指しています。日常の調味料から、わざわざ選びたくなる逸品へ。伝統を守りつつ、常に新しい驚きを提供し続ける萬年屋の挑戦から目が離せません。皆様もぜひ、江戸から続く深い歴史を一口、贅沢に味わってみてはいかがでしょうか。
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