2019年12月13日現在、証券業界や資産運用業界では「手数料無料化」という名の大きな嵐が吹き荒れています。投資信託や株式売買にかかるコストが次々とゼロになる現状は、一見すると私たち利用者にとって手放しで喜ぶべき事態に思えるでしょう。しかし「タダより高いものはない」という格言が示す通り、この動きには慎重な見極めが必要かもしれません。
この劇的な変化の震源地となったのは、金融先進国である米国です。新興証券会社のロビンフッドが巻き起こした旋風に対抗し、ネット証券最大手のチャールズ・シュワブが株式売買の無料化に踏み切りました。これに連鎖する形で、TDアメリトレードやEトレードといった競合他社も、生き残りをかけた追随を余儀なくされているのが現状です。
運用の世界でも「ゼロ」への流れは止まりません。フィデリティ・インベストメンツが運用報酬ゼロのインデックスファンドを投入し、さらにはAIが自動で資産運用を代行する「ロボアドバイザー」の分野でも、コンサルティング手数料を無料にする動きが加速しています。これまでの常識では考えられなかった「コストゼロ」の時代が、すぐそこまで来ているのです。
日本市場へ波及する無料化の波と行動経済学の罠
こうした米国の動きを受け、2019年秋以降、日本のネット証券各社も激しい値下げ競争に突入しました。信用取引の売買手数料や投資信託の販売手数料を無料化する発表が相次いでおり、いずれはインターネットを介した株式取引がすべて無料になる未来も現実味を帯びています。SNS上では「ついに日本も無料化か」「投資のハードルが下がる」といった期待の声が多く上がっています。
しかし、冷静に数字を見てみましょう。現在のネット証券の株式手数料は平均0.03%程度であり、100万円の取引でもわずか300円です。行動経済学者のダン・アリエリー氏が指摘するように、人間は「無料」という言葉に不合理な興奮を覚える性質を持っていますが、このわずかな差が投資家を劇的に増やすほどの経済的なインパクトを持つかどうかは疑問が残ります。
ここで私が懸念するのは、企業がどこで利益を確保するのかという点です。証券会社も慈善事業ではなく営利企業ですから、必ずどこかでコストを回収しなければなりません。たとえ低コスト経営を掲げるネット証券であっても、巨大なシステムの維持や開発には膨大な資金が必要です。目に見える手数料が消える一方で、見えないコストが投資家に転嫁されるリスクを忘れてはいけません。
見えないコストと市場の公平性を守るために
実際、一部のネット証券が売買の仕組みを変更した際、高速取引(HFT)業者が個人の注文を先回りして利益を得るという問題が表面化しました。これは「高頻度取引」と呼ばれ、コンピュータによる超高速な売買で市場のわずかな歪みを利用する手法です。もし、手数料が無料になる代償として、こうした不透明な形で投資家の利益が損なわれるのであれば、それは本末転倒と言わざるを得ません。
私たち投資家に求められるのは、単に「安いから」という理由で飛びつくのではなく、そのサービスの裏側にある収益構造を冷静に分析する視点です。企業がどのようにして収益を上げ、持続可能なサービスを提供しようとしているのかを理解することは、大切な資産を守るための第一歩となるでしょう。表面的な数字に惑わされないリテラシーが、今こそ試されています。
もちろん、市場の公平性を監視するのは金融庁や証券取引等監視委員会の重要な責務です。不透明なコスト回収が横行し、個人の投資機会が不当に奪われることがないよう、行政には厳格な目を光らせてほしいと強く願います。真の投資家利益とは何かを問い直す時期が、2019年の今、まさに訪れているのではないでしょうか。
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