開高健も愛した名門ホテルから紐解くベトナム・ホーチミンの記憶!ノンフィクション作家・堀川惠子氏が歩いた激動のサイゴンと現代のリアルな光景

夕暮れ時の機内から窓の外を眺めると、熟れたマンゴーのような鮮やかな橙色がゆっくりと深みを増し、やがて漆黒の闇へと溶けていきます。ノンフィクション作家の堀川惠子氏が2019年12月半ばに旅立ったのは、かつてサイゴンと呼ばれたベトナムのホーチミン市でした。今回の旅の目的は、次回作の構想に登場する予定の陸軍将校が遺した貴重な手記を片手に、かつての足跡を追体験することです。SNSでも「歴史の息吹を感じる旅路に引き込まれる」と、堀川氏の緻密な視点に期待を寄せる声が上がっています。

かつてフランスの植民地だったサイゴンは、その美しさから「極東の真珠」や「プチ・パリ」と称えられ、今なお情緒豊かな街並みが広がっています。日本軍が司令所として使用した「コロニアル調」の重厚な建物は、現在は銀行として街に溶け込んでいました。ここでいうコロニアル調とは、19世紀の植民地時代にヨーロッパの建築様式と現地の気候が融合して生まれた、気品ある建築スタイルのことです。歴史の荒波を乗り越えた建物を見つめると、当時の張り詰めた空気が肌に伝わってくるような錯覚を覚えます。

旅の拠点となったのは、サイゴン川の絶景を望む築100年の名門「ホテル・マジェスティック」です。戦時中は日本軍に接収され「日本ホテル」の名で将校の宿舎として使われており、手記の主もこの場所に滞在していました。しかし、ベランダからの景色を堪能しようとすると、激しい排気ガスの臭いが鼻を突きます。近年の米中貿易摩擦による生産拠点のシフトにより、現在のベトナムは急速な経済成長の渦中にあり、都市全体が凄まじいエネルギーで膨らみ続けているのです。

活気に満ちた街の道路には、まるで怒涛の波のようにバイクの群れが押し寄せています。原動機付自転車のようなサイズに大人4人が同乗したり、巨大な荷物を運んだりする光景は日常茶飯事です。その隙間を縫うように最新型のベンツやポルシェが走り抜け、高層ビルを背にしたスーツ姿の若者と、伝統的な円錐形の葉笠「ノンラー」を被った物売りの姿が対照的に並びます。この露骨な格差社会を目の当たりにすると、急速な近代化の光がもたらす影について深く考えさせられます。

堀川氏にとって、もう一つの重要な任務は太平洋戦争開戦時のサイゴン市内の地図を探すことでした。しかし、現地の関係者に尋ねても「日本軍がここで何をしていたのか」と逆に聞き返されてしまいます。ベトナムにおける戦争の記憶とは、フランスからの独立戦争や、あの壮絶なベトナム戦争を意味するからです。日本軍の記憶は完全に上書きされており、歴史の認識差に驚かされますが、現地の若い世代が過去に縛られず、未来を見つめている証拠とも言えるでしょう。

地図の捜索を諦めてホテルのラウンジで涼んでいると、親しくなった従業員の女性が人懐っこい笑顔で素敵な事実を教えてくれました。なんと、作家の開高健氏がベトナム戦争の従軍記者として滞在し、命がけの戦記を書き送った部屋がまさにこのホテルの真上にあったのです。偶然の巡り合わせに、かつての日本軍の歴史で満たされていた頭の中に、ベトナム戦争の激しい風が吹き抜けていきます。過去と現在、そして文学が交錯するホーチミンは、今も私たちに多くの物語を語りかけています。

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