車の鍵をつけたまま駐車していた車が盗まれ、その後交通事故を起こしてしまったら、車の持ち主はどこまで責任を負うべきなのでしょうか。2020年1月21日、まさにこの難しい問題について、最高裁判所第3小法廷が判決を言い渡します。私たちの日常において「ちょっとそこまで」と車を離れる際、つい鍵を置きっぱなしにしたり、施錠を怠ったりすることは起こり得ます。この些細な行動が、もし多重事故という大きな惨事につながったとしたら、持ち主の管理責任はどこまで問われるべきなのでしょうか。
この裁判の舞台となったのは、2017年1月18日未明、川崎市で起きた事件です。ある会社の寮に停めてあったワゴン車が盗まれ、その後、横浜市内で居眠り運転による多重事故を引き起こしました。鍵を車内に放置していた会社側に対し、被害を受けた会社や損害保険会社が賠償を求めたのが事の発端です。法廷では、持ち主の管理状況に過失があるのか、そして、その管理と事故という結果の間に法的な「相当因果関係」があるのかが鋭く対立してきました。
二転三転する司法の判断と私たちの日常
これまでの経緯を見ると、司法の判断が大きく揺れ動いていることが分かります。2018年1月の一審では「管理のずさんさはあるが、事故の直接的な原因は盗難と居眠り運転にある」として、賠償責任は認められませんでした。しかし、同年7月の二審では「盗難の危険を放置した以上、事故の一連の流れは予想できたはず」として判断が覆り、会社側に約790万円の賠償が命じられたのです。SNS上でも「鍵を放置した側にも落ち度がある」「盗んだ犯人が悪いのに、持ち主が責任を負うのは理不尽だ」と意見が真っ二つに割れており、議論が白熱しています。
専門用語で言う「相当因果関係」とは、ある行為からその結果が発生することが、社会通念上、通常あり得るといえる関係性を指します。私は、今回の最高裁の判断には非常に注目しています。もし管理責任が重く認められることになれば、ドライバー一人ひとりが持つ「安全管理」への意識が大きく変化するでしょう。一方で、犯人の犯罪行為による損害まで持ち主に負わせることは、責任の範囲として広すぎるとの見方もあります。車という凶器になり得るものを扱う責任と、犯罪によって生じた損害のバランスをどう図るのか。私たちの社会のあり方が問われているのだと考えます。
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