2019年6月4日、川崎市で発生した児童ら殺傷事件や、その直後に起きた元農林水産事務次官による長男殺害事件という、社会を震撼させる二つの痛ましい出来事がありました。特に、後者の事件では、逮捕された元農水事務次官の容疑者と、彼に刺されたとされる長男の双方が引きこもりの状態にあったと報じられました。この報道を受け、世論の一部では「引きこもりと犯罪」を安易に結びつけるような論調が散見され始めたのです。
こうした状況に対し、根本匠厚生労働相(当時)は、同日の記者会見で強い警鐘を鳴らされました。根本厚労相は、いずれの事件も「捜査中で事実関係は明らかではない」と前置きしつつも、「安易に引きこもりと(事件の原因を)結び付けることは厳に慎むべきだ」と指摘されたのです。この発言の背景には、引きこもりの当事者や家族会から、相次いで声明文が発表されていた事情があります。彼らは、一部報道によって誤解や偏見が広がることに強い懸念を表明されていたのです。
「引きこもり」とは、仕事や学校に行かず、かつ家族以外の人との交流をほとんどせずに、自宅などに半年以上いる状態を指す、厚生労働省の定義に基づく専門用語です。これは、単なる「家に閉じこもっている」という行動様態だけでなく、社会的な孤立を伴う複雑な問題を含んでいます。しかし、この定義から分かるように、引きこもりという状態そのものが、犯罪の原因や動機となるわけでは決してありません。
事実、SNS上でも、根本厚労相の発言や当事者団体の声明に対し、「引きこもりは病気ではなく状態を表す言葉だ」「報道によって偏見が生まれるのが怖い」といった共感や懸念の声が多数上がっています。これらの声は、「引きこもり」の状態にある人々が、世間の無理解や差別にさらされることへの強い抵抗感を示しているといえるでしょう。
私は、インターネットメディアの編集者として、今回の事件報道が引き起こした「引きこもり=危険」という安易な連想に対して、強く異議を唱えたいと思います。事件の背景には、報道されている家庭内の深刻な問題があった可能性があり、個別の事案として深く掘り下げて考える必要があります。社会全体で「引きこもり」という現象を、単なる怠惰や性格の問題ではなく、多様な原因から生じる社会課題として捉え、正しい理解と支援を進めることこそが、今、最も求められている姿勢ではないでしょうか。
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