日本センチュリー交響楽団の首席奏者たちが結成した弦楽四重奏団が、今、大きな注目を集めています。その最大の魅力は、普段のオーケストラ公演では味わえない、ロックやジャズといったジャンルを大胆にレパートリーの柱に据えている点でしょう。そしてこの異色のカルテットが、2019年7月10日と11日の2日間にわたり、大阪府豊中市立文化芸術センターで初の連続公演に挑むとの情報が入ってきました。
この挑戦的なアンサンブルを率いるのは、数々のオーケストラでコンサートマスター(コンマス)を歴任し、東京音楽大学教授も務める首席客演コンマスの荒井英治氏です。荒井氏の元には、コンマスの松浦奈々氏、首席チェロの北口大輔氏、そして当時元首席ビオラだった丸山奏氏(現イルミナートフィルハーモニーオーケストラ首席)という、楽団のトッププレイヤーが集結しました。彼らは、クラシックの伝統的な形式である弦楽四重奏という枠組みの中で、ジャンルを超越した新しい音楽体験を創り出そうとしているのです。
2019年6月上旬に同センターで行われたリハーサルでは、1970年代に一世を風靡したプログレッシブロック(プログレ)を代表するバンド、「エマーソン・レイク&パーマー」(ELP)の「ホーダウン」が響き渡りました。プログレとは、既存のロックの枠を超え、クラシックやジャズの要素、複雑な楽曲構成や演奏技術を取り入れた音楽ジャンルのことです。4人の奏者は、時に激しく足を踏み鳴らしながら、その軽快でテクニカルな楽曲を見事に表現されていました。この熱演ぶりからも、彼らが単なるクラシック奏者の余技ではなく、本気でロックやジャズに挑戦していることが伝わってまいります。
荒井氏の音楽的な原動力は、まさにその「ロック魂」にあります。少年時代にザ・ビートルズに出会い、ロックに傾倒した荒井氏は、キング・クリムゾンやELPといったプログレ、さらにはフリージャズ(即興演奏を重視した、従来のジャズの形式にとらわれない自由な表現を追求するジャズの一形態)にも親しんできました。バイオリンを弾く傍ら、「美しく、完成されたクラシック音楽に反発する反逆児が自分の中にいた」と語る荒井氏の「あまのじゃく」な一面が、この異色のカルテットの核となっています。
荒井氏は、1992年に結成に参加した「モルゴーア・クァルテット」でも、愛するプログレの曲を自ら弦楽四重奏版に編曲し、演奏してきた豊富な経験をお持ちです。その経験を活かし、今回のセンチュリー響発のカルテットでも、ロックやジャズを軸に据えたレパートリーを構築しています。荒井氏によれば、重厚なサウンドが特徴のモルゴーアに対し、センチュリー響の四重奏は若手奏者が中心であるため、「軽快でリズム感があり、速いテンポでも演奏できる」と、そのサウンドの違いを強調されています。チェロの北口氏も、「難しい編曲に苦労するが、それさえも楽しめるメンバーが奇跡的に集まった」と、チームワークと演奏への自信を覗かせていました。
挑戦的な2日連続公演のプログラム
2019年7月の2日連続公演のプログラムは、非常に挑戦的なものとなっています。初日の7月10日は「古典と20世紀のポーランド作品」と題され、古典派のベートーベンの弦楽四重奏曲第11番「セリオーソ」が披露されます。荒井氏は、この曲の衝撃的な始まり方を「原初的な叫び」と表現し、ロックに通じるものを感じると解説されています。これに、女性作曲家のバツェヴィチや、ナチスの強制収容所から生還したラクスといった、日本ではあまり馴染みのないポーランドの作品を組み合わせることで、クラシックの演奏会としては珍しい、緊張感と深みのあるプログラムを構成しているのです。
そして、誰もが注目するのが7月11日の2日目プログラムの柱、ELPの代表作「タルカス」でしょう。タルカスとは、架空の装甲獣が誕生から戦い、死を迎えるまでを描いた組曲形式の長大な楽曲です。荒井氏はモルゴーア・クァルテットでこの大曲を何度も演奏されていますが、今回は「ライブバージョン」として、譜面の100カ所以上にも手を加えるという、さらなる高度な編曲を施されています。これは「ELP自体がライブを重ねるごとに演奏が上達し、アドリブを加えて曲の展開を変えていった」というバンドの進化の歴史を反映させたものであり、メンバーの演奏技術への絶対的な信頼があるからこそ実現できる試みだと感じられます。
このカルテットは、センチュリー響が指定管理者として運営に携わる同センターで、2017年から定期的に公演を重ねてきました。過去3回の公演はいずれも約200席の小ホールがほぼ満員となるほどの人気ぶりです。楽団の担当者は、その人気の背景について、「メンバーが弾きたい曲を、極めて高度な技術を要する編曲版で演奏する、その真剣味が観客に伝わっている」と分析されています。実際、観客の大半はクラシック愛好家で楽団のファンであるとされており、ジャンルという既成概念にとらわれることなく、音楽が持つ根源的な魅力そのものが聴衆を惹きつけていることがうかがえます。クラシックの最高峰の技術と、ロックの反骨精神が融合したこの弦楽四重奏は、今後の音楽シーンにおいても一石を投じる存在となることでしょう。
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