世界中で愛されているコーヒーチェーンの巨頭、スターバックス。実はこの企業、単なる飲食店ではありません。全米数千の地域から1日に4回も吸い上げられるリアルタイムの売上データは、政府の統計よりも早く景気の体温を反映する「経済の先行指標」として知られています。かつてオバマ前大統領が、消費者の動向を知るためにハワード・シュルツ元CEOに直電していたというエピソードも頷ける話です。
そんな経済の羅針盤とも言えるスターバックスが、2019年9月上旬、穏やかではないサインを発しました。投資家向けの説明会で、これまで続いてきた10%超の利益成長が来年以降は維持できない見通しを示したのです。この発表を受けて市場には衝撃が走り、同社の株価は急落しました。長年続いてきた「スタバ無双」の時代に、今まさに暗雲が立ち込めようとしているのです。
減税という名の「魔法」が解ける時
成長鈍化の最大の理由は、トランプ政権が実施してきた減税の効果が薄れてきたことにあります。パトリック・グリズマーCFOも、2019年9月期の好調は実効税率(企業が実際に負担する税金の割合)の低下が主因だったと認めています。つまり、ビジネスそのものが爆発的に成長したというよりも、税金が安くなったことで手元に残る利益が底上げされていたに過ぎないのです。魔法が解けた今、真の実力が問われています。
驚くべきことに、同社は業績見通しが下振れる中で、2020年に予定していた20億ドル相当の「自社株買い」を今年度中に前倒しすると発表しました。自社株買いとは、企業が市場から自らの株式を買い戻すことで、1株あたりの利益を高め、株価を維持・上昇させる手法です。SNSでは「利益が出ない分を財務テクニックで補っているだけでは?」と、その持続性を疑問視する厳しい声が目立ち始めています。
特筆すべきは、この自社株買いの原資の多くが、新規の社債発行、つまり「借金」で賄われている点です。低金利を背景に多額の資金を借り入れ、それを設備投資ではなく株価対策に充てる。この「レバレッジ(てこ)」を効かせた経営モデルにより、同社の債務はこの数年で約3倍にまで膨らみ、もはやカフェイン過剰摂取のような依存状態に陥っているように見えてなりません。
「脆弱な消費者」が背負わされる経済の重圧
こうした状況にあるのはスターバックスだけではありません。米アップルも多額の手元資金を持ちながら、さらなる社債発行に踏み切っています。市場では「債券バブル」が囁かれていますが、行き場を失ったマネーは、暴落が怖い株式と、利回りがマイナスの国債の間にある「格付け社債」へと流れ込んでいます。歪な二極化が進む市場において、消去法で選ばれる投資先が増えているのが現状です。
一方、現場の消費者はどうでしょうか。今のところ、米中貿易摩擦などの逆風にも耐え、スターバックスの既存店売上高は堅調です。しかし、専門家の間では「消費者が経済成長のすべてを背負わされている」という危惧が広がっています。ダラス連銀のカプラン総裁が警告するように、消費者の弱さが表面化してからでは、対策を講じるにはもう手遅れなのかもしれません。
かつてハワード・シュルツ氏は、格差社会が「脆弱な消費者」を生み出したと指摘しました。少しの悪材料で即座に財布を締めてしまう人々です。私は、今の米国経済が薄氷の上にあると感じます。店でラテを作る低賃金労働者と、それを享受する富裕層。この分断が深まる中、金融術というドーピングで支えられた成長がいつまで続くのか。私たちは、一杯のコーヒーの向こう側に透ける経済の歪みに、もっと敏感になるべきでしょう。
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