直木賞作家として知られるねじめ正一さんが、2019年10月05日に自身の意外な弱点を告白し、大きな反響を呼んでいます。端正な文章を紡ぎ出す言葉のプロフェッショナルでありながら、実はご本人は「字を書くことが本当に苦手だ」と切実に吐露されているのです。
ねじめさんにとって、自らの署名であるサイン以外の文字を書く作業は、思わず現場から逃げ出したくなるほどの苦痛を伴うといいます。そのため、風情ある短冊への揮毫や、ファンとの交流の場であるサイン会での記名についても、基本的にはお断りされている状況だそうです。
この告白に対しSNS上では、「あのねじめさんが自分と同じ悩みを持っていたなんて親近感がわく」といった驚きの声が広がりました。また、「味のある字こそ作家らしい」と、完璧ではないからこそ宿る人間味を支持する温かいコメントも多く寄せられています。
日常生活の中でも、ねじめさんは自身の筆跡に翻弄される場面が少なくありません。お孫さんから漢字の「書き順」を厳しく指摘されてしまったり、かつて教壇に立った際には、黒板に記した文字のあまりの崩れっぷりに、子供たちから無邪気な笑いが漏れたりしたエピソードもあるのです。
たった一枚の葉書を出す際にも、ねじめさんは何度も下書きや練習を繰り返されます。そうして準備を整えたはずの本番でさえも、いざ書き始めると失敗してしまい、一通を完成させる頃には心身ともに疲れ果ててしまうというのが、2019年現在の切実な日常の風景なのでしょう。
不器用さの中に宿る「表現者」としての誠実なプライド
「揮毫(きごう)」とは、本来、筆を振るって文字や絵を書くことを指す専門用語ですが、ねじめさんにとっては非常に高いハードルとなっているようです。しかし、私はこの「下手である」という自覚と苦闘こそが、作家としての誠実さの裏返しではないかと感じてなりません。
簡単にパソコンで文字を打ち出せる現代において、あえて「へとへとになるまで手書きと向き合う」その姿勢には、一文字一文字に命を吹き込もうとする情熱が感じられます。器用にこなせないからこそ、伝えたい思いがより純粋に凝縮されるのではないでしょうか。
字が上手いことに越したことはありませんが、整った活字のような文字よりも、震える手で何度も練習して書かれた文字の方が、受け取る側の心に響くこともあります。ねじめさんの告白は、効率を重視する私たちに、表現することの原点を問いかけているような気がします。
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