世界的な電子部品メーカーとして知られる村田製作所の元会長、村田治(むらた・おさむ)氏が、2019年11月22日に心不全のため、京都市内の自宅で息を引き取りました。87歳という生涯を閉じた同氏は、創業者の実弟として、今日のグローバル企業へと成長を遂げる同社の礎を築いた偉大な経営者の一人です。
村田氏は1955年に村田製作所へと入社し、わずか2年後の1957年には取締役に就任するという、まさに激動の時代を駆け抜けた人物でした。1995年からは会長の職を務め、長年にわたり組織を牽引してきました。連絡先は同社総務部秘書課となっており、別れの場が設けられる予定です。
葬儀および告別式は、2019年11月27日の午前11時30分より、京都市南区にある公益社南ブライトホールにて執り行われます。喪主は長男のヒロシ氏が務めます。この突然の悲報に対し、SNS上では「今のスマホがあるのは村田製作所のおかげ」「日本の技術力を象徴する企業の重鎮が亡くなり寂しい」といった、感謝と哀悼の声が広がっています。
経営管理のプロフェッショナルとして創業期を支えた功績
村田治氏は、創業者である故・村田昭氏の実弟であり、いわば二人三脚で会社を大きくしてきました。兄である昭氏が技術やビジョンを追求する一方で、治氏は経営管理の面でその手腕をいかんなく発揮しました。企業の舵取りにおいて、内部の体制を整える「管理」は、成長スピードを加速させるために欠かせない歯車だったと言えるでしょう。
村田製作所が扱う「電子部品」とは、スマートフォンやパソコン、自動車などに組み込まれる微細なパーツを指します。これらは現代社会の「神経」とも呼べる存在ですが、村田氏が経営に参画した創成期、まだこれほどまでに精密な部品が世界を席巻すると予想できた人は少なかったはずです。
彼のような先見の明を持つ経営者が、現場を影で支える強固な管理体制を構築したからこそ、日本発の技術が世界標準になったのだと私は確信しています。一つの時代を築いた経営者が去ることは非常に感慨深いものがありますが、彼が遺した経営哲学や組織の文化は、これからも同社の製品を通じて世界中に息づいていくことでしょう。
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