ベルリンの壁崩壊から30年という節目の2019年11月12日、東アジア研究の第一人者であるハーバード大学名誉教授、エズラ・ボーゲル氏が米中関係の未来を鋭く分析しました。かつて『ジャパン・アズ・ナンバーワン』で日本の躍進を予言した知の巨人は、現在の緊迫した情勢をどう見ているのでしょうか。ワシントンで強まる「反中」の空気が、必ずしもアメリカ全体の総意ではないと語る氏の言葉には、対立の先にある「協調」へのヒントが隠されています。
ボーゲル氏は、旧ソ連が崩壊した一方で中国が共産党体制を維持しつつ急成長を遂げた背景に、世界中から技術を取り入れ、留学生を送り出した「柔軟な学習能力」があったと指摘します。1989年の天門安事件という悲劇を経て、国際的な制裁に直面しながらも、日本が先んじて手を差し伸べたことが中国経済の復興に大きな役割を果たしたという視点は、日中米の関係を考える上で極めて重要な歴史的事実と言えるでしょう。
現在、SNSなどでは「米中のデカップリング(切り離し)」という言葉が飛び交っています。デカップリングとは、経済や技術の面で互いの依存関係を断ち切ることを指しますが、ボーゲル氏はこの動きを「不可能だ」と一蹴します。交通や通信がこれほど発達した現代において、14億の人口を抱える大国を世界から隔離することは現実的ではありません。むしろ、人々の交流を止めることはできないという楽観的な信頼が氏の根底にはあります。
「反中」はワシントンの流行か?専門家100人が示す別の道
ワシントン政治の中枢では、超党派で中国を敵視する「ワシントン・コンセンサス(共通認識)」が形成されているように見えます。しかし、ボーゲル氏は2019年7月に「中国は敵ではない」という共同寄稿を行い、100人もの専門家とともに警鐘を鳴らしました。アメリカの世論の多くは、依然として中国との対立よりも安定した関係を望んでいるというのが、現場を知る氏のリアルな実感なのです。
習近平国家主席が進める強権的な統制についても、ボーゲル氏は「厳しいが、強いかどうかは別だ」と冷静に分析しています。9000万人もの共産党員がすべて同じ考えを持つことは不可能であり、経済成長が鈍化すれば、内部からの不満が体制を変える可能性も否定できません。中国という国は、私たちが外側から見ている以上に複雑で、常に変化のエネルギーを内包している組織なのでしょう。
私は、ボーゲル氏の「トランプ大統領には戦略がない」という厳しい指摘に、現状を打破する鍵があると感じます。取引(ディール)に終始する現在の政治から、専門家の知見を活かした長期的な「戦略」へと回帰すれば、貿易ルールや環境保護といった分野で協力の余地は必ず生まれます。対立を煽る言葉に惑わされることなく、相互依存の現実を直視する勇気が、今の国際社会には求められているのではないでしょうか。
御年89歳、日中米の歩みをその目で見守り続けてきたボーゲル氏。2019年12月に発刊予定の著書『日中関係史』でも説かれる通り、歴史は単一の方向へは進みません。分断という安易な解決策に逃げるのではなく、異なるシステムを持つ国同士がいかに共生するか。この難問に対する氏の答えは、「対話と交流を止めないこと」という、シンプルかつ最も力強いメッセージに集約されています。
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