2019年5月27日、東京文化会館にて、創立1743年という長い歴史を持つドイツの名門、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の来日公演が行われました。今回の公演は、カペルマイスター、すなわち楽長に就任して2シーズン目を迎えた指揮者アンドリス・ネルソンス氏とともに実現したもので、彼らの繰り広げる豊かな音楽世界に多くの聴衆が酔いしれたようです。この注目の公演では、ドミートリイ・ショスタコーヴィチの「ヴァイオリン協奏曲第1番」とヨハネス・ブラームスの「交響曲第1番」が演奏され、その重厚ながらも自由な解釈が大きな話題を呼んでいます。
特に、ショスタコーヴィチの協奏曲で独奏を務めたのは、ネルソンス氏と同じラトヴィア・リガ出身のヴァイオリニスト、バイバ・スクリデ氏です。瞑想的で深淵な雰囲気に包まれた第1楽章では、オーケストラの低音が蠢く中で、スクリデ氏のヴァイオリンが凛とした一本の光のように旋律を紡ぎ出し、聴く者を暗闇の彷徨を照らす光景へと誘います。続く第2楽章のグロテスクで不気味な「死の舞踏」や、深いロマンティシズムを湛えた第3楽章を経て、長大なカデンツァを挟んで突入する終楽章のブルレスク(滑稽な、風刺的な音楽)に至るまで、彼女の演奏は感情に流されることなく、あくまで理知的に統御されていました。激しいオーケストラとの対峙の中でも、一音一音を丁寧に弾き切るその姿勢は、作曲家の意図を深く読み解いたものと言えるでしょう。
ブラームスの「交響曲第1番」では、荘重な序奏から、弦楽器を中心にメロディが美しく、そして雄大に歌い上げられました。この楽団の演奏の特色として、各奏者が自発的に音楽に深く関わり、その流れに身を委ねることで、まるで大海原が揺れ動くような、滔々とした広がりを持つ歌謡性が生まれてくる点にあります。前任者であるリッカルド・シャイー氏の、輝かしく現代的なサウンドとは異なり、ネルソンス氏が目指す音楽はより自然体で、風通しの良い響きであり、そこにはゲヴァントハウス管弦楽団が長きにわたって培ってきた伝統と、楽団としての揺るぎない貫禄がにじみ出ているのが実感できます。
第2楽章では、柔らかな弦楽器の響きがクッションとなり、その上でソロ・ヴァイオリンやホルン、オーボエといった管楽器がのどかな歌を聴かせます。爽やかな第3楽章に続いて、終楽章で力強く響くホルンの角笛の後に現れたのは、一般的に想像されるような「勝利の凱歌」ではなく、優雅で穏やかなパストラーレ、すなわち牧歌的な旋律でした。この解釈は、聴衆の予想を良い意味で裏切るものであり、暗い調性から明るい調性へと移行するという、紋切り型のプログラム的な理解に縛られない、指揮者ネルソンス氏の自由闊達な音楽性が存分に発揮されていると言えるでしょう。クライマックスに向けては、楽団員全員がまるで神輿を担ぐかのような賑々しさと一体感をもって演奏を締めくくり、その楽しさが会場全体に伝播しました。
今回の来日公演に対しては、SNS上でも「ネルソンスのブラームスは格別だった」「ゲヴァントハウスの深い響きに感動した」「バイバ・スクリデのショスタコーヴィチは圧巻」といった称賛の声が多く寄せられており、その反響の大きさは、この名門オーケストラが今もなお世界中のクラシック音楽ファンを魅了し続けている証拠でしょう。私は、ネルソンス氏がこの伝統ある楽団の響きを大切にしつつ、新たな風を吹き込んでいる姿勢に、現代のクラシック音楽界における理想的な姿を見る思いがします。歴史と革新が美しく融合したこの公演は、間違いなく記憶に残る名演であったと言えるでしょう。
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