世界中の働く人々にとって、歴史的な一歩となるニュースが飛び込んできました。スイスのジュネーブで開催されていた国際労働機関(ILO)の年次総会において、2019年6月20日、職場における暴力やあらゆるハラスメントを全面的に禁止する、世界初の国際条約が採択されたのです。これは、職場での嫌がらせや不当な行為を一掃し、誰もが安心して働ける環境を実現するための、非常に強力な法的枠組みが誕生したことを意味しています。
この条約は、身体的、心理的、性的、そして経済的な被害を引き起こしかねない行為を「暴力やハラスメント」と幅広く定義し、その法的な禁止を明記しました。保護の対象は、正規の従業員にとどまらず、インターン実習生やボランティア、さらには就職活動中の学生など、非常に多岐にわたります。特筆すべきは、職場や出張先だけでなく、通勤途中や昨今問題視されているソーシャル・ネットワーワーキング・サービス(SNS)上でのコミュニケーションまで、適用範囲としている点でしょう。これにより、時間や場所を問わない広範なハラスメント行為への規制が可能になります。
条約が採択された背景には、性被害を告発する「#MeToo(ミートゥー)」運動が世界規模で広がり、職場における権力構造とそれに伴う不当な行為への厳しい目が向けられたことがあります。この国際的な連帯と声の高まりが、法的拘束力を持つこの画期的な条約の成立を強く後押ししたと言えるでしょう。各国の政府に対しては、法律の施行や被害者の救済支援、内部通報者(いわゆるホイッスルブロワー)が報復を受けないような防止策の整備を求めており、ハラスメントが発生した場合には「制裁を設ける」ことも明確に謳われています。
このILOによる国際条約の採択は、SNSでも大きな反響を呼んでいます。「ついに世界が動いた」「時代に合った素晴らしい条約だ」「#MeToo運動の成果だ」といった賛同の声が多数見受けられます。一方で、「日本が批准できるのか?」「国内法の整備が追いつくのか不安」といった、日本の現状に対する懸念の声も上がっているのが実情です。フランスのマクロン大統領も総会での演説で、「働く人を守るための法律が必要で、すばらしい内容だ」と条約の意義を高く評価しており、世界的な注目度の高さが伺えます。
日本のハラスメント対策の現状と国際条約批准への大きな課題
本条約の成立は非常に喜ばしいことですが、日本の現状と照らし合わせると、大きな課題が見えてきます。日本では2019年5月に関連法が成立し、上下関係を背景としたパワーハラスメント(パワハラ)の防止が企業に義務付けられました。しかしながら、この法律では、ハラスメント行為そのものの禁止規定や違反者への罰則を盛り込むには至らず、企業に対して防止策を講じるよう義務付けるにとどまっています。
セクシュアルハラスメント(セクハラ)や、妊娠・出産をめぐる嫌がらせであるマタニティーハラスメント(マタハラ)についても、同様に企業への防止措置が義務付けられているものの、依然として行為そのものの禁止規定はありません。このため、「実効性に疑問が残る」という批判の声も少なくなく、日本のハラスメント対策は、今回のILO条約が目指す「全面的な禁止と制裁」というレベルには大きく達していないのが現実です。
もちろん、条約を批准するかどうかは各国の判断に委ねられますが、もし日本がこの国際条約を批准するとなれば、国内法の抜本的な改正が不可欠となります。ILO加盟国には、批准した場合、国内の運用状況を定期的にILOに報告する義務が発生します。これは、国際社会において日本の労働環境に対する姿勢が問われることを意味しており、ハラスメント対策を「企業の努力目標」で終わらせず、「働く権利を守るための国の義務」として捉え直す好機となるでしょう。私個人としては、この国際的な流れに乗り、日本が真の意味でハラスメントのない、安全で健康的な労働環境を実現するための法整備を強く進めるべきだと考えます。世界が注目するこの動向は、日本社会の働き方を大きく変えるトリガーになる可能性を秘めているでしょう。