現代のファッション誌を広げれば、魅力的な「デカ目」を作るためのメイク特集が誌面を飾り、スマホのカメラアプリやプリクラ機には目を大きく加工する機能が当たり前のように搭載されています。パッチリとした大きな瞳こそが美人の条件であるという価値観は、もはや私たちの常識となっていると言っても過言ではないでしょう。
しかし、この「大きな目が美しい」という評価基準は、決して人類不変の心理ではないことをご存じでしょうか。陶智子氏の著書『江戸美人の化粧術』を紐解くと、私たちが信じて疑わない美のスタンダードが、実は時代や技術によって驚くほど柔軟に移り変わってきた歴史が浮き彫りになります。
著者は長年収集してきた浮世絵を丹念に分析し、当時の化粧文化を鮮やかに解き明かしました。驚くべきことに、江戸時代の美人画に描かれた女性たちは、誰一人として現代のような「大きな目」をしていないのです。むしろ、当時の美意識は今とは正反対の方向に向けられていたというから驚きを隠せません。
あえて目を細く見せる?江戸時代の驚きのアイメイク術
江戸時代に出版された化粧の指南書『都風俗化粧伝』には、現代の私たちからすれば信じられないような技法が記されています。なんとそこには「目が大きすぎる人が、あえて目を細く見せるための方法」が紹介されているのです。今の感覚では羨ましい限りの悩みが、当時は解消すべき課題でした。
具体的には、瞼(まぶた)に「白粉(おしろい)」を濃く塗り、まるで目の中にまで白粉が入るかのように際立たせることで、目の印象を和らげ、細く見せていたそうです。白粉とは、肌を白く整えるための顔料のことですが、これが当時のアイメイクの主役だったという事実は非常に興味深い点です。
SNS上でもこのエピソードは大きな反響を呼んでいます。「デカ目がコンプレックスになる時代があったなんて衝撃」「美しさの基準がいかに流動的かよくわかる」といった驚きの声が相次いでおり、現代の美の価値観を再考するきっかけとして多くのユーザーに共有されています。
技術分野の研究者として日本の文化を追う私にとって、この発見は大きなパラダイムシフトをもたらしました。つまり「技術が変われば、女性たちが目指す理想の顔も変わる」ということです。道具が「白」であれば細く見せ、道具が「黒」になれば大きく見せるという、技術への適応が美を生んでいます。
2019年11月14日現在、私はデジタル技術を駆使して顔を加工する、いわゆる「盛り」の文化について研究を進めています。江戸時代は白粉で目を細くし、大正以降はアイシャドウで目を大きく見せてきました。そして今は、ピクセルを操作して自由自在に自分を表現する時代に突入しています。
私の考えでは、日本の女性たちが持つ美の本質とは、特定の「形」に固執することではありません。その時代に利用可能な最高の技術をどん欲に使いこなし、自分をより良く見せようと努力するその「プロセス」自体を、彼女たちは美徳として守り続けているのではないでしょうか。
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