最近、テレビやSNSで「パワーハラスメント」という言葉を耳にしない日はありません。2020年から企業にパワハラ防止を義務づける法律が施行されることを受け、厚生労働省では今、具体的なルール作りの最終段階に入っています。しかし、私たちが当たり前のように使っているこの言葉、実は2001年に日本のコンサルタント会社が作った「和製英語」であることをご存じでしょうか。
世界に目を向けると、状況は少し異なります。英語圏では「Workplace Bullying」、つまり「職場のいじめ」という表現が一般的です。これは日本でイメージされるような「上司から部下へ」という上下関係に限定されず、同僚間や部下から上司への攻撃も含まれます。SNSでも「日本は役職にこだわりすぎて、本質的な人権侵害への意識が薄いのでは」という鋭い指摘が相次いでいます。
世界基準は「人の尊厳」を守ること
欧州やカナダでは、2000年代初頭からハラスメントを厳しく規制する法律が整えられてきました。また、2019年には国際労働機関(ILO)がハラスメント禁止条約を採択しています。滋賀大学の大和田敢太名誉教授によれば、これらの国際的なルールは、職位に関係なく「個人の尊厳や権利を傷つける行為」そのものを禁止するという、極めてシンプルな人権の視点に立っているそうです。
一方、自由の国・米国では少し事情が異なります。人種や宗教、性別などを理由にした「差別」としてのハラスメントは厳格に法律で禁じられていますが、それ以外の人間関係のトラブルに関する法的規制は意外にも緩やかです。一橋大学の中窪裕也教授は、米国では「嫌な職場ならすぐに辞める」という雇用の流動性の高さが、結果的に問題の長期化を防ぐセーフティーネットとして機能している側面があると分析しています。
日本型雇用が生み出す「指導」と「いじめ」の境界線
日本のパワハラ防止法では、パワハラの要件を「優越的な関係を背景に、業務の適正な範囲を超えて、働く環境を害すること」と定義しました。しかし、なぜ日本ではこれほどまでに「上司による支配」が問題化するのでしょうか。労働政策研究・研修機構の高橋康二氏は、その背景に日本独自の「新卒一括採用」や「年功序列」というシステムがあると指摘しています。
長年続いてきた現場教育(OJT)は、本来は優れた育成手法でした。しかし、職務の範囲が曖昧な現在の日本の契約形態では、上司の裁量ひとつで仕事量を自由に増減できてしまいます。これが、熱心な指導なのか、陰湿ないじめなのかを判別しにくくさせているのです。私は、現代の管理職が背負わされている過度な負担が、このシステムの疲弊を加速させ、パワハラという歪みを生んでいるのだと感じてなりません。
2019年11月25日現在、日本は法整備という大きな一歩を踏み出そうとしています。しかし、単に法律を守るだけでなく、仕事の割り振りの透明化や、誰もが声を上げやすい組織文化へのアップデートが不可欠でしょう。雇用システムそのものが悲鳴を上げている今、私たちは「パワハラ」という言葉の裏にある、日本社会全体の課題に向き合うべき時が来ているのではないでしょうか。
コメント